かつて日本中を熱狂させたグループ・サウンズの筆頭「ザ・タイガース」の中心メンバーであった加橋かつみ(かはし かつみ)さんですが、同様に中心メンバーだった沢田研二さんに対し、長年に渡って複雑な感情を抱いているといいます。
一体、加橋かつみさんと沢田研二さんの間に何があったのでしょうか。
今回は、加橋かつみさんが沢田研二さんと不仲になった原因、その経緯、現在の関係(距離感)について、時系列でご紹介します。

「【画像】加橋かつみの若い頃(ソロ以降)は大麻で逮捕も!現在までの経歴は?」からの続き
加橋かつみと沢田研二の不仲の始まりは?
加橋かつみさんが、沢田研二さんに対して、わだかまりを抱くようになったのは、「ザ・タイガース」が人気絶頂期を迎えていた19歳の頃だったといいます。
というのも、もともと、「ビートルズ」「ローリング・ストーンズ」「ジミー・ヘンドリックス」などのロック志向の強かった加橋かつみさんは、所属事務所の方針により求められる”アイドル路線”の仕事に対し、強い違和感を抱いていたそうですが、
一方で、沢田研二さんは、事務所の規律を重んじ、求められる仕事をプロとして淡々とこなす姿勢を貫いていたことから、事務所の幹部から寵愛を受けていたそうで、
加橋かつみさんは、そんな沢田研二さんに対し反発心を抱くようになったそうで、二人の衝突は日常茶飯事となっていったのだそうです。
加橋かつみと沢田研二は激しいケンカの後、絶縁状態となっていた
そんな中、加橋かつみさんは、合宿所での生活に嫌気が差し、1967年7月20日には、一人だけ、早々に、麻布のアパートへ移り住んだそうですが、
ついに、翌年の1968年1月27日には、渋谷公会堂の楽屋で、ステージ上でのマナーを巡って、沢田研二さんと口論となり、その後、激しい殴り合いのケンカに発展したのだそうです。
それでも、その夜のステージは、プロとしてやり遂げたそうですが、二人はそれぞれ別々の場所で号泣したと言われており、
この事件を境に二人は口をきかなくなり、1969年3月に加橋かつみさんが「ザ・タイガース」を脱退して以降、長きにわたって絶縁状態となったのでした。
加橋かつみと沢田研二は一時的に雪解けしていた?
ただ、それから、約12年後の1981年1月、内田裕也さんが主宰したイベント「さよなら日劇ウエスタン・カーニバル」に「ザ・タイガース」が参加した際には、加橋かつみさんと沢田研二さんも参加しているほか、
1982年の「ザ・タイガース同窓会(瞳みのるさんのみ不参加)」にも二人とも参加していることから、
加橋かつみさんと沢田研二さんの関係は修復されたかに見えたのですが・・・

(後列左から)岸部一徳さん、岸部四郎さん、森本太郎さん、(前列左から)沢田研二さん、加橋かつみさん。
(「再結成」ではなく「同窓会」となっているのは、参加しなかった瞳みのるさんに配慮したもので、「ザ・タイガース同窓会」は1983年まで活動しています)
2011年9月、沢田研二さんのライブツアー「沢田研二 LIVE 2011〜2012」に、瞳みのるさんがゲスト出演することになり、ついに、「ザ・タイガース」のメンバーが全員集結することが期待された際には、
加橋かつみさんは、
沢田のやり方に納得できない
と、参加を拒否。
それでも、沢田研二さんが、全国ツアーが終わった数日後、
会えないか?
と、メールしたそうで、
当初は、拒否していた加橋かつみさんも、他のメンバーに説得され、沢田研二さんと会うと、
沢田研二さんが、
自分がタイガースにいたせいで、不快な思いをさせて済まなかった。トッポ(加橋さん)に歩み寄る姿勢を見せなかった。
皆が揃ってこそザ・タイガースなんだ。全員が揃ってザ・タイガースをやるのがオレの夢なんだ。
と、頭を下げたそうで、
加橋かつみさんも心を開き、2013年1月、実に、1969年以来、44年ぶりに「ザ・タイガース」がオリジナルメンバーで集結したのでした。

(後列左から)森本太郎さん、岸部一徳さん、(前列左から)沢田研二さん、加橋かつみさん、瞳みのるさん。
加橋かつみと沢田研二の現在の関係は?
こうして、今度こそ、加橋かつみさんと沢田研二さんは、本当の雪解けかと思われたのですが、その後も二人の距離は完全には埋まっていないようです。
というのも、2023年6月25日、沢田研二さんの75歳の誕生日に開催されたライブツアー「まだまだ一生懸命PARTII」の千秋楽では、スペシャルゲストとして「ザ・タイガース」のメンバーの、岸部一徳さん、瞳みのるさん、森本太郎さんの3人が参加するも、加橋かつみさんの姿はなかったのです。
というのも、
某音楽関係者は、
加橋さんは、1969年にタイガースを脱退。芸術家気質の彼は、バンドがアイドル化するのに反発したんです。その後、期間限定の再結成に参加したことはありますが、基本的にはジュリーと距離を置いています
某コンサート会社関係者は、
トッポ(加橋かつみさん)は、もともと群れることが苦手なタイプ。タイガースの代表曲である『花の首飾り』はトッポがボーカルです。“タイガースのメインは自分だ”というプライドもあるのかもしれません
と、語っており、
加橋かつみさんは、現在も沢田研二さんとは一定の距離を保ち続けているというのです。
実際、2022年の初夏、加橋かつみさん以外の「ザ・タイガース」のメンバーが一緒に食事をした際、加橋かつみさんがボーカルを担当した「花の首飾り」を歌おうとなり、沢田研二さんが一役買って、加橋かつみさんにオファーをするも、一向に返事がなかったそうで、
岸部一徳さんは、同年2月上旬、「週刊女性PRIME」の取材に対し、
トッポはいくら電話しても折り返しが来ないんだよ。あなた、トッポを知っているの? よろしく伝えてくれ。オレのプライベートなんかより、トッポを記事で取り上げてくれよ
と、加橋かつみさんとの連絡が途絶えていることを明かしています。
また、岸部一徳さんの所属事務所も、
加橋さんに電話しても折り返しがないというのは、こちらも聞いています。6月の『さいたま』は、岸部にとって最後のライブになると思うので、タイガースのメンバー全員が集まって演奏したいと思っています。
ジュリーの誕生日に、最後にもう1度だけ、ライブをやりたい。当日まで何が起こるかわかりませんから、ひたすら待っています
と、語っています。
そこで「週刊女性PRIME」の記者が加橋かつみさんに電話で取材をすると、
加橋かつみさんは、
(「岸部一徳さんが、加橋かつみさんに電話しても折り返しがないと話している」と言う記者に対し)ああ、そうですか(笑)
と、言い、
その後、記者が、沢田研二さんのライブにゲストとして加橋かつみさんだけが参加しない理由について聞こうとすると、
いま忙しいんで、ちょっと、いいでしょうか・・・
と、言葉を濁し、一方的に電話を切ったのだそうです。
また、加橋かつみさんは、沢田研二さんからの熱心なオファーに対しても、明確な返答を避け続けているそうで、
某コンサート会社関係者は、
当然、ジュリーからも連絡はしています。今回は特に力が入っており、何度もお願いしたそうです。でも、トッポからのいい返事はもらえなかったようです
と、語っています。
(加橋かつみさんは、定期的に開催されているグループサウンズのイベントには出演しているのですが、沢田研二さんのライブに出演することは頑なに拒否しているようです)
群れることを好まず、自身の音楽的矜持を貫く加橋かつみさんに対し、「ザ・タイガース」の再結成を諦めない沢田研二さんですが、二人の関には、いまだ埋めがたい溝と、かつて通じ合ったからこその複雑な想いが交錯しているようです。
ただ、某スポーツ記者は、
彼(沢田研二さん)は“タイガースで一緒にやってきたメンバーと音楽を楽しみたい”という一途な思いが強い。だからこそ、諦めずに加橋さんにオファーし続けている。一度通じ合っているのだから再共演もありえるはずです
と、語っており、
まだ、希望はあるかもしれませんね。
「加橋かつみの妻は?子供は娘が1人!元カノには飯野矢住代や川添梶子も?」に続く
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「ザ・タイガース」時代には、「花の首飾り」「廃虚の鳩」でメインボーカルを担当し、その澄んだハイトーンボイスで多くのファンを魅了するほか、衣装デザインも手掛けるなど、多方面で才能を発揮した、加橋かつみ(かはし かつみ)さん …







