念願叶い、テレビドラマ「白い巨塔」で、二度目の財前五郎役を務めることになるも、ひどい「躁うつ病」を発症し、尋常な精神状態ではなかった、田宮二郎(たみや じろう)さん。一体、なぜそれほどまでに精神を病んでしまったのでしょうか。

「田宮二郎がM資金詐欺で巨額借金を負ったのは躁鬱病が原因だった!」からの続き

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最初の異変

田宮さんに最初の異変が現れたのは、人気絶頂だった1976年頃で、主演ドラマ「白いシリーズ」がヒットを飛ばしたことで、さらに最善を尽くそうと、ストーリーなどにも知恵を絞り、脚本家や演出家にまで口を出すようになり、周囲の恨みを買って孤立していった時のことでした。

妻の幸子さんによると、

田宮は、外見は派手でも中身はごく普通の人。まじめで几帳面ではあったが、相手に同じことを求めない。その思いやりは、一緒に暮らしていて疲れるということがなく、ラクでした。

と、田宮さんは、本来、気遣いのできる穏やかな性格で、家庭内のトラブルは一度もなかったそうですが、

ある日のこと、田宮さんの手料理をめぐる些細な出来事から、田宮さんは激昂。幸子さんのイスを蹴り上げたことがあったのだそうです。

(このことで、まだ幼かった2人の子どもたちは驚いたそうですが、だれよりも狼狽したのは田宮さん自身だったそうです。)

また、別の日には、古い友人を招いた夕食の席で、突然、田宮さんはテーブルに突伏し、

うらやましい、僕はそんなに笑えない‥‥

と、泣いたり、

料理の味がわからない

と、言ったというのです。

(幸子さんは、そんな田宮さんを2階の部屋で休ませるのが精一杯だったそうです)

「躁うつ病」と診断されるも・・・

そこで、幸子さんは、旧知の精神科医・斎藤茂太さんに相談されると、「躁うつ病」と診断されたそうで(当時、「躁うつ病」はまだ一般的ではなかったそうです)、

幸子さんは、「もっと自分を大事にしてほしい」との思いから、今の仕事が終わったら必ず休むと田宮さんに約束させたそうですが、田宮さんはいつもその約束を反故にしてしまい、仕事に没頭。

こうして、過密スケジュールによって、手遅れの状態になっていったのだそうです。

「白い巨塔」のオファーを断れず・・・

そして、ついには、幸子さんが、田宮さんを強制的に休ませようと、CMや「クイズタイムショック」の降板など、長期休暇を取る準備を進めていたのですが、そこに、フジテレビから新ドラマの出演オファー。

幸子さんは、遠回しに断るため、厳しすぎる条件を出したものの、フジテレビが承諾したことで、田宮さんは「白い巨塔」に出演することになったのでした。

山本學に「盲腸を切らせてほしい」と執拗に迫る

しかし、その「躁うつ病」の症状は、「白い巨塔」のクランクインとともに現れることとなります。

田宮さん演じる財前の親友で、ライバルの里見助教授役を演じられた山本學さんによると、

ある日のこと、田宮さんが、

ガクさんは盲腸って残っているの?

と、聞いてきたそうで、

ありますよ

と、山本さんが答えたところ、

それを僕に切らせてほしい

と、田宮さんは、真顔で言ったというのです。

これには、山本さんも驚き、

冗談でしょ

と、答えたところ、

田宮さんは、

いや、手術も研究したから、盲腸くらいだったら僕は切れるよ

と、譲らなかったというのです。

虚言や記憶障害も

また、財前が教授に昇格した後、後任の助教授となった金井達夫役を演じた清水章吾さんによると、

田宮さんは、

女房が俺に毒を盛るんだよ

と、ぼそっと言ったり(それを聞いた清水さんは思わず田宮さんの顔を覗き込んだそうです)、

「金井君、一杯やろうか」というセリフを、セリフが入ってこないのか、「‥‥誰だっけ?」「金井です」と、繰り返すことが何度もあったほか、

法廷で弁護士(児玉清さん)が、「財前さん、あなたは知っていたんですか!」と詰め寄るシーンでは、台本では、「そっといなす」となっていたにもかかわらず、実際には、激昂し、「何! 今、何て言った!」と、まるで財前が憑依したかのように、本気になっていたとのことでした。

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「死」に取り憑かれる

このような異変を耳にした妻の幸子さんは、田宮さんを連れて、精神科医の斎藤さんのもとを訪ねられると(これまで、幸子さんだけで何度か相談に行っていたそうですが、田宮さんも同行することを同意されたそうです)、この時、田宮さんは、「躁(そう)」の状態から「鬱(うつ)」の状態に移行していたそうで、

幸子さんが、

病気の説明を受けながら、私は田宮の両腕を包み、沈んでゆく田宮の気持ちを落ち着かせようとしました。

田宮は「躁うつ病」という言葉に驚いていましたが、私は「これまでのことは、あなたの人格がしたことではない。全ては躁うつという病気がしたことなの」と言い聞かせました。

と、田宮さんを慰めると、

田宮さんは、一旦は落ち着きを取り戻すも、翌日になるとひどく憤慨し、それから一人で図書館に行って、病気のことを調べ、

そこに、

躁うつ病は完治しない。病気を繰り返し、やがて死に至る。

と、書いてあったことを幸子さんに伝えてきたそうで、

幸子さんは、

マニュアル通りじゃないから

と、必死で否定するも、以来、田宮さんの頭の中から「死」という文字が離れなくなったのでした。

「田宮二郎の死因は愛用散弾銃による自殺!直前には死体役を演じていた!」に続く

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