友人に会いにいったタカクラホテル福岡の帰り、見ず知らずの他人(山下洋輔さん、中村誠一さん、森山威男さん)の部屋のどんちゃん騒ぎに乱入すると、すぐにその場を爆笑の渦に巻き込むも、「モリタ」と名乗ったのみで、その場を去ったという、タモリさんですが、

その後、どうしてもタモリさんのことが忘れられなかったという山下洋輔さんによって探し当てられ、山下洋輔さんらによって結成されたという「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」のカンパで東京に招待されたといいます。

タモリ

「タモリは見知らぬ他人(山下洋輔ら)の部屋のどんちゃん騒ぎに乱入していた!」からの続き

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タモリは山下洋輔に探し当てられていた

タモリさんは、友人に会いにいったタカクラホテル福岡の帰り、見ず知らずの他人(山下洋輔さん、中村誠一さん、森山威男さん)の部屋のどんちゃん騒ぎに乱入すると、散々、その場を爆笑の渦に巻き込みながらも、

素性はもちろんのこと、何の連絡先の交換もせず、「モリタ」とだけ名乗って、その場を去ったそうですが、

その見ず知らずの他人の一人の山下洋輔さんが、タモリさんのことを忘れられず、どうしてもまた会いたいと、ずっとタモリさんのことを探していたそうで、

博多の一番古いジャズ喫茶「COMBO」なら、”博多にいるジャズ好きのモリタという男”のことが分かるのではと思い、「COMBO」に行くと、

ついには、タモリさんがこの「COMBO」の常連客だということが分かり、オーナーの有田平八郎さんにその場でタモリさんに電話してもらい、再会を果たしたといいます。

(この話にはもう一説あり、当時、タモリさんは、喫茶店でマスターをしており、山下さんが博多のジャズ喫茶を片っ端に探したところ、とあるジャス喫茶の「喫茶店の変人マスターでは」という情報から、タモリさんを探し当てたとも言われています)

タモリは「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」のカンパにより東京に招待されていた

また、山下洋輔さんが、行きつけだった新宿ゴールデン街のバー「ジャックの豆の木」で、ことあるごとに、タモリさんの話をしていたことから、

山下さんがそんなに面白いというのなら一度見てみたい

と、タモリさんを上京させる機運が高まり、

なんと、バーのママ・柏原A子さん(匿名ではなく通称)の発案で、例のどんちゃん騒ぎのメンバーである、山下洋輔さん、中村誠一さん、森山威男さんをはじめ、赤塚不二夫さん、坂田明さん、筒井康隆さん、三上寛さん、長谷川法世さん、奥成達さん、高信太郎さん、長谷邦夫さん、南伸坊さんら常連客により、「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」が結成されたそうで、

1975年3月、中村誠一さんから電話で上京を誘われたというタモリさんは、同年6月、「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」のカンパ(帽子を回してお金を集めたそうです)で購入された東京行きの新幹線チケットを受け取り、上京したのだそうです。

(タモリさんが上京するのは、早稲田大学を除籍になって以来、実に7年ぶりだったそうです)

タモリ、山下洋輔、中村誠一、筒井康隆、坂田明
(左から)山下洋輔さん、中村誠一さん、筒井康隆さん、坂田明さん、タモリさん。

タモリは上京後は知人の家を転々としていた

そんなタモリさんは、上京後、当初は、中村誠一さんの2DKの都営住宅に居候していたそうですが、

タモリさんによると、

でも1週間くらいしかいなかった。というのは僕の母が電話をかけてきて、たまたま彼(中村誠一さん)が取っちゃった。ウチの母親は潔癖症なもので、見知らぬ男がいることを許さなかったんだ

と、お母さんの反対に遭ったそうで、

その後、知人の家を転々としたといいます。

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タモリは即興芸で唐十郎や筒井康隆ほか「ジャックの豆の木」の常連客を熱狂させていた

さておき、タモリさんは、「ジャックの豆の木」で開かれた独演会で、常連客を前に、

  • アントニオ猪木さんや松田優作さんのモノマネ
  • 「ニセ外国語」
  • NHK教育テレビのパロディ「陶器の変遷」「音楽の変遷」
  • 「4か国語麻雀」
  • 「中国で作られたターザン映画に出演した大河内伝次郎の宇宙飛行士が、宇宙船の中で空気洩れに苦しんでいる様子」
  • 「アメリカの宇宙飛行士と中国の宇宙飛行士の絡み合い」
  • 「国連Aセット」(台湾国連脱退をめぐる韓国、台湾、中国の演説。B、Cセットもあり)
  • 「強要特別番組・李参平と白磁の由来」
  • 「明日の農作業の時間」
  • 「松正丸事件の真相」
  • 「肥前ナイロビ・ケニヤ線乗換え」

など、リクエストを含めた様々な即興芸を披露したそうですが、

臨席していた作家の筒井康隆さんや劇作家の唐十郎さんは度肝を抜かれたそうで、タモリさんは一晩中、その場を爆笑の渦に巻き込んだのだそうです。

(ちなみに、タモリさんの即興芸は、「ストリップで始まり、全裸で踊り狂ってフィニッシュを迎える」という流れになっていたそうですが、後に、詩人の奥成達さんは、この即興芸を「恐怖の密室芸」と呼んだといいます(笑))

「タモリは赤塚不二夫の高級マンションで贅沢三昧の一人暮らしをしていた!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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