近年では、娘の辺見えみりさんや今川宇宙さんとバラエティ番組で共演し、親娘仲睦まじい姿を見せている、西郷輝彦(さいごう てるひこ)さんですが、実はガンを患い、再発もしていたといいます。

「西郷輝彦の現在の嫁は?娘は辺見えみりと今川宇宙!息子は?」からの続き

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ガン(再発)を公表

西郷さんは、2017年12月、所属事務所を通じてガンの再発を公表されています。

西郷さんによると、(公表していなかったそうですが)6年前(2011年)に「前立腺ガン」を患い、前立腺の全摘出手術を受けたそうで、手術後の経過が順調だったため、仕事を続けてきたそうですが、2017年秋、体調が悪くなったことから、検査を受けると、再びガンが発覚。

医師と相談したところ、2018年の春先ぐらいまで治療を最優先にするべきと言われたそうで、2017年12月中のディナーショーは予定通り行うも、2018年3月に予定されていた舞台は降板し、治療を最優先して、自宅療養されていたのだそうです。

「ダウンタウンDX」でもガン(再発)を告白

また、西郷さんは、2018年5月には、バラエティ番組「ダウンタウンDX」に出演された際、

(復帰後、初のバラエティ番組だったそうです)

2011年に、「前立腺ガン」を患い、前立腺を全摘出したこと、そして、2017年11月に、

ゴルフの練習に行って一発打ったら背中に激痛が走って…

と、体調に異変を感じ、検査を受けたところ、ガンが骨に転移していることが判明したことを明かされているのですが、

なんと、西郷さんは、その年のおおみそか、「絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!」で、ふなっしーの着ぐるみを着て、笑いの刺客として出演されていたそうで、

浜田さんから、

そんな大変なときになぜ?

と、尋ねられると、

なんでってふなっしーのファンだったの。正直しんどかったですよ

と、体調が良くない中での出演だったことを明かされていました。


「ダウンタウンDX」でガンを告白される西郷さん。

治療を続けながら歌手活動

そんな西郷さんは、2018年8月、

仕事に合わせて治療してます。最近は抗がん剤も徐々に少なくなって、おかげさまで経過が良いです

と、おっしゃっており、

ガンの治療を続けながら、歌手活動に励まれているそうで、7~8月には、ディナーショーと4公演を開催されており、

自信になりました。仕事に向けて体調を持っていくのが生きがい。ポジティブに物事を考えていくことが一番の薬だと思います

と、コメントされていました。

その後は、特に情報がなく、西郷さんは、テレビドラマ、バラエティに出演されているので、お元気にされているようです。

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ジャニーズ?

ところで、西郷さんを「ジャニーズ」で多くの人が調べられているようですが、西郷さんは、ジャニーズ事務所に所属していたことはなく、

おそらく、初代「ジャニーズ」として活躍された、あおい輝彦さんと勘違いして調べられているのではないかと思われます。


若い頃のあおい輝彦さん。

ちなみに、あおいさんは、1960年代初め、ジャニー喜多川さんが監督を務める少年野球チーム「ジャニーズ球団」に在籍されていたことがきっかけとなり、

1962年、野球チームのメンバーの中から、あおいさんを含めた4名が選ばれて、「ジャニーズ」が結成されると、

1964年には、ファーストシングル「若い涙 c/w ぼくの手袋破れてる」でレコードデビューを果たし、以降、初代「ジャニーズ」として活躍されました。

さて、いかがでしたでしょうか。

西郷さんの、

  • 年齢は?出身は?身長は?
  • 本名は?芸名の由来は?
  • 両親は駆け落ちして結婚していた
  • 両親は仲が良かった
  • 少年時代は2人の兄に影響を受けて育つ
  • 歌手を夢見るようになる
  • 小3の時に2番目の兄が突然他界
  • 中3の時に1番上の兄が突然他界
  • 兄の友人たちを激しく責め立てていた
  • 音楽で生きていくため家出を考え始める
  • 高校ではブラスバンド部でドラム
  • 大阪のジャズ喫茶に行くための計画を練っていた
  • 「ナンバ一番」で生演奏を聴いて感動
  • 母親に家出を告げるも取り合ってもらえず
  • 鹿児島から神戸へ出発
  • 心細さから涙が止まらなくなる
  • ヒッチハイクして神戸から大阪へ
  • 歌手としては落選も俳優としてスカウトされる
  • 便所掃除が嫌で俳優の弟子入りを拒否
  • 俳優の道を歩んでいたかもしれなかった
  • シンガー兼下働き時代には凄まじいイジメに遭っていた
  • 寝ている間に鼻の上に大便をつけられたことも
  • 家族にはウソの手紙を送っていた
  • 父親が誰もいない観客席に一人座っていた
  • 父親の想いを知って涙する
  • 後のサンミュージックプロダクション会長・相澤秀禎にスカウトされる
  • 「竜巳プロダクション」に入社するもほとんど仕事がない日々だった
  • 「コロンビアレコード」のディレクター・長田幸治からスカウトされる
  • デビュー曲「君だけを」の良さが分からなかった
  • 「西郷節」は強烈なダメ出しから誕生していた
  • デビュー曲「君だけを」が大ヒット
  • 歌手になった喜びを噛み締めていた
  • 人気を実感
  • レコード会社「クラウンレコード」の対応が劇変
  • 著書「生き方下手」に成功を掴み取った喜びを綴っていた
  • シングル「星のフラメンコ」が大ヒット
  • 「星のフラメンコ」は実際にスペインに行ってフラメンコを見て制作されていた
  • 「星のフラメンコ」はデモテープの段階でヒットを確信していた
  • 「御三家」を意識してなかった?
  • アーティストとしては「御三家」を意識していた
  • 「御三家」それぞれのマネージャー、レコード会社、ファンが争っていた
  • 鹿児島の凱旋公演では警備の警官が亡くなっていた
  • 相澤秀禎とはデビューからずっと行動を共にしていた
  • 人気低迷打破のため演歌調の「潮風が吹き抜ける町」が制作される
  • 相澤秀禎に不穏な動きを感じ始める
  • 相澤秀禎が映画会社の関係者と親密に話し合っている姿を目撃する
  • 相澤秀禎に裏切られていた
  • 相澤秀禎と決別
  • すべてを失い事務所をたたむ
  • 相澤秀禎と和解していた
  • 相澤秀禎の死後「サンミュージック」と業務提携
  • アイドルからの脱皮に成功するも・・・
  • 人気脚本家・花登筐から「どてらい男」の主人公・山下猛造役に指名される
  • 「どてらい男」が40年ぶりに視聴可能に
  • 「どてらい男」が40年ぶりに視聴可能に
  • 舞台稽古の厳しさに唖然としていた
  • 脚本が間に合わず「口立て」で稽古していた
  • 花登筺から教わった忘れられない言葉
  • 花登筺への想い
  • 森繁久彌との出会い
  • 森繁久彌の芝居に衝撃を受け弟子入りを志願する
  • 10年後には抜き打ち試験も
  • 出演作品(映画)
  • 出演作品(テレビドラマ)
  • 初の時代劇シリーズ「江戸を斬る」が大ヒット
  • NHK大河ドラマ「独眼竜正宗」の片倉小十郎役は初の脇役だった
  • 元妻は歌手でタレントの辺見マリ
  • 長野県軽井沢で電撃婚
  • 辺見マリは結婚後に芸能界を引退
  • 離婚理由は性格の不一致だった?
  • 辺見マリは専業主婦に嫌気が差していた
  • 離婚後は辺見マリが子ども2人を引き取る
  • 西郷輝彦の両親は辺見マリとの結婚に反対だった
  • 辺見マリの両親が自分達が出ていく条件に辺見マリの仕事復帰を要求
  • 辺見マリと一対一の話し合いができなかった
  • 前妻・辺見マリと25年ぶりに共演
  • 一般女性と再婚
  • 現在の嫁との馴れ初めは?
  • 長男は辺見鑑孝(へんみ のりたか)
  • 長女はタレントの辺見えみり
  • 四女はタレントの今川宇宙
  • 次女と三女
  • ガン(再発)を公表
  • 「ダウンタウンDX」でもガン(再発)を告白
  • 治療を続けながら歌手活動
  • ジャニーズ?

について、まとめてみました。

1994年には、デビュー30周年をきっかけに、84枚目のシングル「別れの条件」で歌手活動を本格化すると、2000年には、橋幸夫さん、舟木一夫さんとともに「G3K(御三家)」ツアーを開催し、

(大ヒット曲「星のフラメンコ」について)この曲は僕自身です。どこ行っても「フラメンコ歌え」と言われて嫌な時期があったけど、一生の財産をいただいた。しっかり歌い続けなきゃいけないね

50年も応援してくれるファンが一緒に年を取って、ライブで元気もらったと言ってくれる。最後の1人が死ぬまでやって、みとってやりますよ。まだまだ死ねないですね

と、歌手活動への意欲を語っておられた西郷さん。

2020~2021年は、新型コロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言発令のため、コンサートが中止となり、うずうずされていると思われますが、この機会に体調を万全にして、末永く活躍してもらいたいものです。

「西郷輝彦の少年時代は兄の影響で歌手を夢見ていた!」

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