1975年、23歳の時、ロックバンド「シュガー・ベイブ」のギタリストとしてレコードデビューすると、1983年には、ソロアルバム「GREEN WATER」をリリースした、村松邦男(むらまつ くにお)さん。
そんな村松邦男さんは、ギタリストとしての活動と並行し、スタジオミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとしても活動するほか、2000年代後半には、自身のユニット「R・O・M・A」「FLYING CLAM」なども結成しています。
今回は、村松邦男さんの、若い頃(レコードデビュー)から現在までの代表曲やアルバムほか経歴を時系列でご紹介します。
村松邦男のプロフィール
村松邦男さんは、1952年3月17日生まれ、
東京都の出身、
学歴は、東京都立文京高等学校卒業、
ちなみに、「村松邦男」は本名です。
村松邦男は高校時代にアマチュアバンドを結成しベースをしていた
村松邦男さんは、東京都立文京高等学校在学中、アマチュアバンドを結成して、ベース兼リーダーを務め、主にマイク・ブルームフィールドやジェフ・ベックなどのコピーを学園祭のライブで演奏していたそうです。
村松邦男は20歳の時に山下達郎の自主制作アルバム「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」の製作に参加していた
そんな村松邦男さんは、1972年8月、20歳の時には、かねてから知り合いだった山下達郎さんの自主制作アルバム「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」の製作に参加したそうです。
(1つ下の後輩・並木進さんが、山下達郎さんと中学・高校で一緒にバンドをやっていたそうで、このことが縁となり、山下達郎さんと知り合ったそうです)
村松邦男は21歳の時に山下達郎、大貫妙子らと共に「シュガー・ベイブ」を結成していた
そんな中、1973年、並木進さんの家で新年会を開催した際、山下達郎さんから、
いい女性ボーカル(大貫妙子さん)がいるんだけど
と、誘われたそうで、
同年春、21歳の時、山下達郎さん、大貫妙子さん、野口明彦さん、鰐川己久男さんと共に、四谷の小さな喫茶店でロックバンド「シュガー・ベイブ」を結成したそうです。
「シュガー・ベイブ」第一期のメンバー。(左から)鰐川己久男さん、野口明彦さん、大貫妙子さん、村松邦男さん、山下達郎さん。
村松邦男は23歳の時に「シュガー・ベイブ」としてレコードデビュー
そして、「シュガー・ベイブ」は、1973年8月、長崎大学の体育館で初めて人前で演奏すると、同年9月21日には、「はっぴいえんど」の解散コンサートでお披露目され、
その後は、大瀧詠一さんのライブにバックコーラスで出演するなど、地道に音楽活動を重ねると、
(「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」を聴いた大瀧詠一さんは、シュガー・ベイブのことをコーラスグループだと思っていたそうで、そのような誤解から、結局、コーラスグループとして活動していたそうです)
ついに、1975年4月(村松邦男さん23歳)、大瀧詠一さん主催の「ナイアガラ・レーベル」から、
- シングル「DOWNTOWN」
- アルバム「SONGS」
と、同時リリースして、レコードデビューを果たしています。
ちなみに、アルバム「SONGS」はギターが全面に出たサウンドだったことから、村松邦男さんは、その中心的な役割を担っていたそうで、
山下達郎さんは、
村松くんが基本的にシュガー・ベイブのバンドサウンドの要に常になってます。それに僕らの歌が乗っかっていくという形で出来上がっているのがSONGSというアルバムなんですが。
それは大瀧(詠一)さんは非常に意識してミックスをしております。ですから、どの曲でも村松君のギターが非常にこう、効果的に入ってくるという。
と、語っています。
村松邦男はアルバム「SONGS」の収録曲「ためいきばかり」を作曲していた
また、アルバム「SONGS」に収録されている曲のほとんどの作曲を山下達郎さんと大貫妙子さんが担当する中、村松邦男さんは、「ためいきばかり」という曲を作曲しているのですが、
山下達郎さんは、
そうしたリードギター村松邦男の曲というのがA面の最後に入っております。「ためいきばかり」という曲ですけれど。
村松邦男という人はですね、昭和20年代の日本の耽美主義文学と言われる・・いわゆる怪奇ものとか、そういうものに結構造詣が深い人でですね。昭和20年代の耽美主義文学の代表的なのは香山滋という、ゴジラの原作つくってる人ですけども。
そういうようなのが、すごく好きなので(笑)だいたい彼の作る曲というのは、そういうこう不思議なペシミズムとか、そういうのがあります。
そういうのが、もういかんなく、この一曲に発揮されてれると思います。でもサウンドは、そういうリトル・フィートはじめとしてですね、ギター・オリエンテッドなサウンドになっているという・・そのアンバランスが、またおもしろいという曲でございます。
と、評しています。
村松邦男が24歳の時には「シュガー・ベイブ」が解散
しかし、そんな「シュガーベイブ」も、わずか1年足らずの1976年4月に、早くも解散。
ちなみに、「シュガー・ベイブ」解散の理由は、
- 世間的に評価されなかった
- メンバー間の音楽の方向性の違い
- 所属していたレコード・レーベル「エレック」の経営上の問題(一銭の印税ももらっていないそうです)
等によるものだと言われています。
そして、「シュガー・ベイブ」解散後、村松邦男さんは、編曲家としても活動するほか、
- 「多羅尾伴内楽団Vol.2」(1978年)
- 「A LONG VACATION」(1981年)
など、大瀧詠一さんの「ナイアガラ・レーベル」関係の作品の殆どにリードギターで参加しています。
村松邦男はシャネルズ(ラッツ&スター)、吉川晃司ほか他のアーティストにも楽曲を多数提供
そんな村松邦男さんは、
など、他のアーティストへも楽曲を提供するほか、
- フジカラー写ルンです
- 不二家ミルキー
- 日清焼そばU.F.O.
- ジョージア 明日があるさ
など、CMタイアップ曲の制作も手がけるなど、多岐に渡り活動しています。
村松邦男は自身のユニット「R・O・M・A」「FLYING CLAM」なども結成
また、村松邦男さんは、スタジオミュージシャン、アレンジャー、プロデューサーとしても活動しているのですが、
2006年頃には、音楽家を目指す若者のためのプロジェクト「ネットスプラウト」にも携わり、自身の若かりし日のバンドの物語「あるバンドの物語」を連載するほか、2007年には、安倍OHJIさんとユニット「R・O・M・A」を結成しています。
さらに、2013年には、朝香里映さん、しゅがあ百恵さんと共に女性ヴォーカルをフィーチャーした琉球シティーポップ「FLYING CLAM」を結成しているのですが、こちらは、自主制作で2枚のミニアルバムを発表後、活動を停止しています。
村松邦男のアルバム一覧
それでは、ここで、村松邦男さんの主なアルバムをご紹介しましょう。
- 1983年「GREEN WATER」
- 1985年「ROMAN」
- 1984年「TOURIST」※ミニアルバム
- 1985年「ANIMALS」
(R・O・M・Aとして)
- 2007年「OMAKE」※非売品
- 2007年「らいぶかどうだか」
などのアルバムをリリースしています。