1964年9月18日の時点で、首位の大洋に3.5ゲーム差をつけられ、大洋ホエールズとの直接対決4試合を全勝し、そのうえ、残る3試合に2勝しなければ優勝できない状況だった、阪神タイガースは、大洋との直接対決のダブルヘッダー第一試合をジーン・バッキー投手で完封勝ちを収めると、第二試合では、6回まで大洋に2対0とリードされるも、7回裏に2対2に追いつくと、大洋のエース・稲川誠投手のワイルドピッチなどもあり逆転勝利したといいます。
「阪神タイガース逆転優勝の1964年はジーン・バッキーが大活躍していた!」からの続き
大洋とのダブルヘッダー第2試合は6回まで2対0でリードされるも大洋ベンチが優勝を確信する握手をしていたのを見て阪神ナインは燃えていた
迎えた大洋ホエールズとのダブルヘッダー第2試合では、阪神は5回に2点を失い、6回まで大洋の高橋重行投手に2安打に封じられていたのですが(2対0)、
遊撃手だった吉田義男さんによると、6回裏、大洋ベンチでは、三原脩監督と腹心の別所毅彦コーチが握手を交わし合っているのが見えたそうで、
(この試合に勝てば大洋は優勝だったことから、吉田さんは、三原監督らが、いける、との手応えを感じて握手をしていたのだと理解したそうです)
その瞬間、吉田さんは、身体の中を熱い血が駆け巡るのを感じ、
まだ、終わっていない
くそ。そう簡単にはいかんぞ!
どうしても負たくない
という闘志が改めて湧き上がってきたそうで、
阪神のナインたちも同じ気持ちだったようで、7回裏、藤井栄治選手が本塁打を放ち1点差に追い上げると、8回には、塁に出ていた吉田さんが、山内選手のタイムリーヒットでホームインし、同点に追いついたのだそうです。(2対2)
大洋はエース・稲川誠をリリーフに送るもまさかのワイルドピッチで阪神が勝ち越していた
そして、なおも二死満塁と攻め、左打者・並木輝男選手が打席に立つと、ここで、大洋の三原脩監督は、左腕の鈴木投手に代えて、これまで21勝を挙げているエースで右腕の稲川誠投手を救援に立てたそうですが、なんと、稲川投手は、カウント1─0で暴投。
(この継投常識の逆をいく三原監督の用兵に対し、吉田さんは「策士策に溺れる」と思ったそうです)
すると、ボールはバックネット下のコンクリートに当たって本塁に跳ね返ったそうで、伊藤勲捕手が素早くその球を拾い上げ、ベースカバーに入った稲川投手に送球したそうですが、三塁走者の本屋敷錦吾選手がうまく稲川投手のタッチプレーをかいくぐって生還したそうで、ついに、阪神は勝ち越したのだそうです。
(送球のタイミングは完全にアウトだったそうですが、稲川投手のタッチプレーの動きがぎこちなく、間一髪でセーフとなったそうです)
大洋との直接対決4試合4連勝していた
そして、阪神は、この勝利の女神がくれた虎の子の1点を、9回にストッパーとして登場したジーン・バッキー投手が守りきり(3対2)、なんと、大洋との直接対決の4試合を4連勝し、残り3試合で2勝すれば優勝というところまでこぎつけたのだそうです。
(この4試合では、バッキー投手が3勝1セーブと大車輪の活躍をしたそうです)
残り3試合で2勝し優勝していた
そして、中2日で迎えた9月29日、甲子園での国鉄スワローズ戦では、またまた、バッキー投手が完投勝ち(29勝目)すると、
翌30日の中日とのダブルヘッダーでは、第1試合で12得点と打線が爆発して勝利し、阪神タイガースは、見事、奇跡の逆転優勝を果たしたのでした。
(ただ、初めてナイターで行われた南海との日本シリーズでは、3勝2敗と王手をかけて甲子園に戻るも、南海のスタンカ投手に第6,7戦で連続完封負けを喫し、3勝4敗で日本一を逃しています)
ちなみに、バッキー投手は、この年、46試合、353回を投げて、29勝9敗、防御率1.89で、最多勝と最優秀防御率のダブルタイトルを獲得しているのですが、
この年のMVPに選ばれたのは、バッキー投手ではなく、日本新記録となる55本塁打を放ち、本塁打王と打点王の2冠王に輝いた、巨人の王貞治選手だったそうです。
(バッキー投手が逃した外国人初のセ・リーグMVPは、この21年後の1985年、ランディ・バースさんが輝いています)
さて、いかがでしたでしょうか。
今回は、
- 阪神はエース・小山正明を放出してまで大毎オリオンズの4番打者・ 山内和弘を獲得していた
- 若手が積極的に使われていた
- 大洋ホエールズを逆転して優勝するのはほぼ不可能な状態だった
- 直接対決の直前には村山実が家庭の不幸で登板できなくなっていた
- ジーン・バッキーの活躍で大洋との直接対決2連戦を連勝
- ジーン・バッキーは村山実とともに二枚看板エースとして活躍していた
- ジーン・バッキーは入団するとすぐにチームに溶け込もうとするほか外国人投手としては考えられない滅私奉公ぶりだった
- 大洋マジック1で迎えた直接対決第1試合でもバッキーで完封勝ちしていた
- 大洋とのダブルヘッダー第2試合は6回まで2対0でリードされるも大洋ベンチが優勝を確信する握手をしていたのを見て阪神ナインは燃えていた
- 大洋はエース・稲川誠をリリーフに送るもまさかのワイルドピッチで阪神が勝ち越していた
- 大洋との直接対決4試合4連勝していた
- 残り3試合で2勝し優勝していた
と、1964年の阪神タイガースの奇跡の逆転優勝についてご紹介しました。
2023年には、岡田彰布監督となり、圧倒的な強さで18年ぶりのリーグ優勝、さらには、38年ぶりの日本一に輝いた阪神タイガース。もしかしたら、阪神タイガースの黄金時代が始まるかもしれません。
(左から)村山実投手、藤本定義監督、バッキー投手。