「凄い」タグの記事一覧(7 / 33Page)

司葉子の夫・相澤英之の書庫(数万冊)が凄すぎる!

2019年4月4日、50年連れ添った夫・相澤英之さんを亡くすと、その後も、次々と親しい人が亡くなり、ショックから一時は入院していたという、司葉子(つかさ ようこ)さんですが、やがて、回復すると、相澤さんの書庫を整理しようと思い立ったそうです・・・

司葉子は黒澤明監督「用心棒」で本気で髪の毛を掴まれ振り回されていた!

「秋日和」(1960年)、「小早川家の秋」(1961年)と、小津安二郎監督作品に出演すると、小津監督のことを「オシャレでやさしく、本当に素敵な男性」と語っていた、司葉子(つかさ ようこ)さんですが、黒澤明監督はそういうわけにはいかなかったよ・・・

神津はづきが中学の時は母・中村メイコをディスコまで迎えに行っていた!

少女時代、すべてが”規格外”だったという自由奔放なお母さん(中村メイコさん)にしばしば振り回されていたという、神津はづき(こうづ はづき)さん。今回も、引き続き、そんなお母さんとの仰天エピソードをご紹介します。

神津はづきが小学生の時は母・中村メイコが白塗りで授業参観に来ていた!

1983年に、「わが家はカタログ」でテレビドラマデビューすると、以降、テレビ、映画、舞台に出演し、近年は、趣味が高じて、刺繍作家としても活動しているという、神津はづき(こうづ はづき)さん。今回は、そんな神津さんが、”規格外&#・・・

杉本哲太は若い頃「白蛇抄」で日本アカデミー賞新人賞を受賞していた!

1982年、「紅麗威甦(グリース)」としてレコードデビューすると、硬派なルックスで、たちまち人気を博した、杉本哲太(すぎもと てった)さんは、1983年には、「白蛇抄」で映画デビューもすると、「日本アカデミー賞新人賞」を受賞するなど、俳優と・・・

永六輔の妻への想いが一途過ぎる!娘は?孫は?

22歳の時、日本テレビの廊下で一目惚れして、口説き落として結婚して以来、40年以上、妻の昌子さんにべた惚れだったという、永六輔(えい ろくすけ)さんですが、2001年6月に、昌子さんが末期ガンで余命2~3ヶ月と宣告され、3ヶ月の在宅介護の末・・・

永六輔は三木鶏郎から葬儀委員長も頼まれていた!

三木鶏郎さんからは、会社「冗談工房」の社長を任されるほか、日本初のディズニー映画の制作にも誘われるなど、若手だったにもにかかわらず、どんどん仕事を回してもらっていたという、永六輔(えい ろくすけ)さんですが、三木さんからは葬儀委員長も頼まれ・・・

永六輔は少年時代ラジオ番組のコントの賞金で稼いでいた!

疎開先の信州では、東京のお父さんからの仕送りが途絶えがちで、農家に身を寄せて肩身の狭い思いをしながら暮らしていたという、永六輔(えい ろくすけ)さんですが、終戦から約2年後、ようやく東京に戻ると、お父さんの手作りのバラックに住み、様々なアル・・・

中村メイコは若い頃ノイローゼ状態になっていた!

作詞家・三木鶏郎さんのスタジオにアルバイトに来ていた、国立音楽大学の学生・神津善行さんと知り合うと、お互い第一印象は最悪だったものの、芸能人ではない普通の大学生だった神津さんに新鮮さを感じ、ほのかに好意を抱いたという、中村メイコ(なかむら ・・・

中村メイコは終戦後は進駐軍を慰問し英語の歌を歌っていた!

敗戦の色が濃くなった1945年には、疎開先の奈良県から特攻隊の基地まで慰問団として派遣され、明日死にに行く若い特攻兵を見て、子供心にも悲しい思いをしたという、中村メイコ(なかむら めいこ)さんですが、終戦後は、今度は進駐軍の慰問に行ったとい・・・

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