ハイヒールモモコ!旦那は?子どもは?シャネルから出禁?

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1983年、女性お笑いコンビ「ハイヒール」でデビューされた、タレントのモモコさん。関西を中心に、バラエティ番組に数多く出演され、一躍、大阪の顔となられました。




プロフィール!


モモコさんは、1964年2月21日生まれ、
大阪府大阪市阿倍野区のご出身です。

身長158センチ、

血液型はO型、

本名は、
小林 聡(こばやし さとり)、

出身高校は、
大阪市立第二工芸高等学校
定時制課程インテリア科、

趣味は、
ネイルアート、エステ、麻雀、海外旅行、
シャネル収集、ショッピング、ドライブ、

特技は、
絵画(マンガ)、デザイン、

だそうです♪


幼少期~中学時代


モモコさんは、
2歳の時に、ご両親が離婚。

父親に引き取られ、
継母に育てられたそうですが、

中学2年生になると、
実のお母さんと一緒に住むように。

そして、転校されたその日に、
不良に声をかけられ、
喫煙、毛染め、ピアス、シンナーなどに手を出し、

卒業間近には、ついに、
暴走族の仲間入りをしてしまうのでした。


中学時代のモモコさん。

ちなみに、お母さんは、先生から、
娘の茶色い髪を注意されると、

「娘がアメリカ人やったら普通ですやん」

と、言い返されるような、
理解のある(?)人だったようで、

実家は、不良の溜まり場と化してしまい、
タバコ、シンナーは当たり前の日々だったそうです♪

暴走族時代


その後、モモコさんは、
高校には入学されるものの、
1学期で中退。

暴走族グループ「神風連合」の、
支部長にまでなったそうで、

カツアゲ、無免許運転など様々な悪行を重ね、
17回も補導されています。



「神風連合」は、当時、大阪で最強と呼ばれた、
「ブラックエンペラー」と比較されるくらい、
 大規模な暴走族グループだったようです。)


更生


しかし、そんなモモコさんも、

ヤンキーが流行ってたから、
それに乗っかっていただけ。

という、軽いノリだったこともあって、

警察官だったお兄さんから、

お前を逮捕することがあるかも。
でも、妹やから逮捕できん。
その時は辞表を出すやろな。

と言われたことで、目が覚め、
更生されたのでした。

笑ってる場合ですよ!に出演


その後、モモコさんは、
お昼の帯番組「笑ってる場合ですよ!」の、
「お笑い君こそスターだ!」に、
友人とコンビを組んで出演。

ただ、決して、
芸人を目指していたわけではなく、

実は、モモコさんは、その当時、
大流行していた「竹の子族」の、
東京限定の衣装がどうしても欲しく、

同番組に出演が決定すれば、
タダで東京に行くことができ、
欲しい衣装を買うことができるから、
という理由で、出演されたのでした。


リンゴとの出会い


しかし、モモコさんは、
この番組を見ていた吉本興業の関係者に、
スカウトされてしまいます。

そして、「吉本総合芸能学院(NSC)」へ、
入学することに。

程なくして、コンビを組んでいた友達がやめ、
相方となる、リンゴさんを紹介されるのですが、

その時、リンゴさんは、
タータンチェックのスカートに、
安全ピンのような飾り付けをした服装で、
ドイツ語の教科書を手に持ち、

ウケたら続け、ウケなかったら、
その時考えましょう。

と、言われたそうで、

モモコさんは、
変わった人やなと思いつつ、

あたしと組んだら売れるでぇ。忙しなるでぇ。

と、自信満々に答えられたのだとか。

一方、リンゴさんも、
モモコさんへの第一位印象は、

変わっているなぁ

と思ったとおっしゃっていましたが、

初顔合わせの際、周りに、
どんどんヤンキーが集まってくるなど、

「変わっているな」どころではなく、
実際のところ、相当引いたことでしょうね♪



「ハイヒール」でデビュー


こうして、お二人は、1982年、
お笑いコンビ「ハイヒール」を結成。

翌年の1983年、なんば花月下席の、
「フレッシュコーナー」でデビューし、

「女子大生と元スケバン」という、
キャッチコピーで売り出すと、たちまちブレイク!

1984年「第5回ABC漫才・落語新人コンクール 漫才の部」審査員奨賞
     「第1回花月大賞」花月新人賞
1985年「第13回日本放送演芸大賞」ホープ賞、
     「第15回NHK上方漫才コンテスト」優秀賞
1986年「第6回花王名人大賞」新人賞

など、数々の賞を受賞されたのでした。

以降、「ハイヒール」は、
女性漫才師としての地位を確固たるものとし、
それぞれピンとしても活動。

バラエティ番組など、
数多くのテレビ番組に出演されています。


シャネル?


ところで、モモコさんを「シャネル」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、モモコさんは、
若い頃から、大のシャネル好きで、

節約して貯めたお金で、
シャネルの収集をされていたというのです。

しかも、シャネルを買ったとき、
包装してくれるテープの、
シャネルマークの部分だけ切り取って、

息子さんのTシャツにはりつけ、
なんと、自前のシャネルの服を、
作ってしまったことも!



ただ、一時期は、テレビで、
シャネルの名を連呼していたこともあり、

ブランドの品位が下がるという理由で、
とうとう、シャネル側から、
クレームがついたという話や、

モモコさんが、世界中のシャネルの店から、
出入り禁止となってしまっており、
代理の人に買いに行ってもらっている、
といった話も出ているとのこと。

これが本当なら、
シャネル側の言い分も分かりますが、
ちょっと、モモコさんが、
かわいそうな気もしますね。


旦那は?


そんなモモコさんの、
気になるプライベートなのですが、

モモコさんは、1992年、
小林政仁さんという、
一般の方と結婚されています。

お二人は、関西テレビの、
お見合い番組で知り合ったそうですが、

その後、ご主人と一緒に、
テレビ番組にも出演されていたようで、

ご主人は、素人ながら、
トークがとても上手な方とのこと。


ご主人の小林政仁さん。

現在は、大阪の天王寺にある、
創業30年のちゃんこ鍋店「萩屋・本場所」を、
2009年頃から引き継ぎ、
店主を務められているそうで、

ご主人がイケメンでモテるため、
浮気された、という話もあるようですが、

これは、ネタのようで、
ご夫婦の仲はとても良いようです♪


子どもは?


そんなお二人の間には、

長男で、1995年生まれの仁一郎くん、
次男で、1999年生まれの政之助くん、
長女で、2002年生まれの紗音琉(さとね)ちゃん、

3人のお子さんがいらっしゃいます。

ちなみに、娘さんの紗音琉ちゃんの漢字は、
普通に読めば、「シャネル」

モモコさんのシャネル好きが高じて、
付けられた名前のようですが、

さすがに、読み方は、
家族の大反対で「さとね」となったようです♪

ただ、モモコさんは、
普段、娘さんのことを「シャネル」と、
呼ばれているようですね(^_^;)

ちなみに、紗音琉ちゃんは、
2012年、9歳で、
芸能界デビューされているそうです♪


紗音琉ちゃん

さて、いかがでしたでしょうか?

すっかり大阪のオバチャンの、
代表になってしまったモモコさんですが、

この辛気臭い時代、
そのパワーで引っ張っていってほしいですね。

応援しています!!



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