穂積隆信の若い頃は?声優?妻が3億持ち逃げ!積木くずしは娘の由香里!

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22歳の時、「俳優座養成所」を卒業されると、翌年には「劇団新劇場」を結成して代表を務められ、その後は、テレビドラマや映画を中心に主に脇役として活動されていた、穂積隆信(ほづみ たかのぶ)さんですが、1982年、非行に走った娘と家族の葛藤を描いた著書「積木くずし-親と子の二百日戦争」を出版されると、たちまち、大ベストセラーとなります。

年齢は?出身は?身長は?本名は?

穂積さんは、1931年7月20日生まれ、
静岡県伊豆の国市(旧・田方郡大仁町)のご出身、

身長172センチ、

血液型はA型、

学歴は、
静岡県立韮山高等学校卒業、

ちなみに、出生名は「穂積隆信」で、

お父さんは、国文学者・歌人でもあった穂積忠さん、
お兄さんは、酒類評論家の穂積忠彦さんですが、

1960年頃、親戚との養子縁組により「鈴木」に改姓され、
以来、本名は「鈴木隆信」となっています。

若い頃は「劇団新劇場」代表ほか声優も

穂積さんは、1952年に「俳優座養成所」に3期生として入所されると、
1953年には卒業され、劇団「新人会」に入団。

翌年の1954年には「俳優座養成所」の2期生・3期生の卒業生とともに、
「劇団新劇場」を結成して代表に就任され、

その後は、数多くの時代劇や刑事ドラマで、
主に悪役として出演されるほか、

洋画や海外ドラマの吹き替え(声優)としても、
イーライ・ウォラックさん、クリストファー・ロイドさん、
デニス・ホッパーさん、ピーター・フォークさん、ベン・ジョンソンさん、
ロバート・ショウさんなどの声を担当されています。

出演作品(映画、テレビドラマ)

それでは、ここで、
穂積さんの出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

1953年「ひめゆりの塔」
1959年「にあんちゃん」
1960年「黄色いさくらんぼ」
1961年「ゼロの焦点」
1963年「拝啓天皇陛下様」


「にあんちゃん」より。


「ゼロの焦点」より。右端が穂積さん。

1964年「いいかげん馬鹿」
1965年「雪国」
1966年「ザ・ガードマン 東京忍者部隊」
1967年「宇宙大怪獣ギララ」
1968年「進め!ジャガーズ 敵前上陸」

1970年「喜劇 冠婚葬祭入門」
1971年「男はつらいよ 寅次郎恋歌」
1972年「女番長ブルース 牝蜂の挑戦」
1973年「必殺仕掛人」
1974年「砂の器」


「必殺仕掛人」より。
藤田まことさん(中村主水役)に斬られる穂積さん(悪徳旗本役)。

1975年「スプーン一杯の幸せ」
1977年「ドーベルマン刑事」
1978年「事件」
1979年「悪魔が来りて笛を吹く」
1980年「ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中」

1983年「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」
1984年「化粧」
1987年「ちょうちん」
1989年「ハリマオ」
1990年「ふうせん」

1991年「はいすくーる仁義」
1993年「ミスター・ベースボール」
1995年「さよならニッポン!」
1997年「すばらしき臨終」
2003年「谷川みゆき 高校教師 汚す!」
2013年「ペコロスの母に会いに行く」


「すばらしき臨終」より。穂積さんと石立鉄男さん。


「ペコロスの母に会いに行く」より。

テレビドラマでは、

1961年「松本清張シリーズ・黒い断層」第30回,31回
1962年「松本清張シリーズ・黒の組曲」第17話
1963年 NHK大河ドラマ「花の生涯」
1964年 NHK大河ドラマ「赤穂浪士」
1965~1968年「ザ・ガードマン」
1966年「ウルトラシリーズ『ウルトラQ』」第26話
1967年「ウルトラシリーズ『ウルトラセブン』」第8話


「ウルトラセブン」より。

1968年「キイハンター」第35話
1969年「素浪人 花山大吉」第11話
1970年「遠山の金さん捕物帳」第12話
1971年「軍兵衛目安」第3話
1972年「飛び出せ!青春」
     「人造人間キカイダー」
第5話
1973年「ママはライバル」


「飛び出せ!青春」より。
(左から)村野武範さん、柳生博さん、穂積さん。


「人造人間キカイダー」より。

1974年「白い牙」
1975年「俺たちの旅」
1976年「俺たちの朝」
1977年「日本の戦後」
1978年「大追跡」
1979年「雲霧仁左衛門」
1980年「天皇の料理番」


「俺たちの旅」より。

1981年「闇を斬れ」
1982年「メチャン子・ミッキー」
1983年「海にかける虹~山本五十六と日本海軍」
1985年「サーティーン・ボーイ」
1986年「妻たちの初体験」
1987年 火曜サスペンス劇場「桃色学園都市宣言! 曙橋みすずや学園」
1988年「長七郎江戸日記」第2シリーズ 第21話


「メチャン子・ミッキー」より。
(左から)堀ちえみさん、穂積さん、東八郎さん。

1990年「あぶない女たち」
1991年「金田一耕助の傑作推理」第12作
1992年「銭形平次」第2シリーズ 第10話
1993年「湯けむり仲居純情日記」
1994年「闇の狩人」
1995年「女たちの戦争 忘れられた戦後史」

1998年「御家人斬九郎」第3シリーズ 第11話
2001年「生きるための情熱としての殺人」
2002年「旅の終りに 艶歌の竜ふたたび」
2003年「信濃のコロンボ事件ファイル4」
2004年「ねじれた絆~赤ちゃん取り違え事件の真実~」
2005年「冤罪~父と子の旅路~」


「信濃のコロンボ事件ファイル4」より。穂積さんと細川俊之さん。

2008年「森村誠一サスペンス7 『時』」
2010年「駅弁刑事・神保徳之助4」
2011年「ハンチョウ~神南署安積班? シリーズ4~正義の代償~」第5話
2012年「街占師~北白川晶子の事件占い~2」
2014年「ドクターハート 薮田公介の事件カルテ」
2016年「警視庁南平班~七人の刑事~9」


「警視庁南平班~七人の刑事~9」より。

ほか、数多くの作品に出演されています。

「積木くずし」でベストセラー作家~モデルは娘の由香里

ところで、穂積さんは、1982年、イジメをきっかけに非行へと走った、
実の娘・穂積由香里さんとの壮絶な親子の闘いを描いたノンフィクション
「積木くずし-親と子の二百日戦争」を出版されると、


積木くずし―親と子の二百日戦争 (1982年)

当時、社会問題となっていた非行を、著名な俳優の家庭環境として描いたことが、
大きな反響を呼び、300万部を超える大ベストセラーに。

(物語は、由香里さんが更生に向けて歩き始めるところで終わっています)

そして、その後、1983~1984年には、
テレビドラマ化、映画化、舞台化もされ、

(中でも1983年から放送されたテレビドラマ、
 「積木くずし-親と子の二百日戦争」は、高視聴率を記録)


「積木くずし-親と子の二百日戦争」より。
(左から)高部知子さん、前田吟さん、小川真由美さん。

1984年には、
「積木くずしあとさき―悩める親からのアドバイス」


積木くずしあとさき―悩める親からのアドバイス (1984年)

1985年には、
「積木くずし-親と子の二百日戦争」(再版)
「続・積木くずし」


積木くずし (続) (角川文庫 (6179))

と、次々と「積木くずし」関連の著書を出版されると、
たちまち、社会現象となる大ブレイク。

これに伴い、穂積さんご自身も、教育関連の仕事や講演会が急増するなど、
引っ張りだことなられたのですが・・・

娘が覚せい剤で逮捕~妻が3億持ち逃げ

この「積木くずし」の大ヒットによって、
さらし者にされ、「人生を終わらされた」と感じた由香里さんは、

1983年には、
トルエン(シンナーの一種)所持による毒物及び劇物取締法違反で逮捕、

(由香里さんは、「トルエンを吸うことは悪いことだとわかっていますが、 
 両親が講演などで留守がちだったから、自分は好きなことをした。」
 と取り調べて語っていたそうです)

1985年には、覚せい剤取締法違反で逮捕と、再び道を踏み外してしまい、

(1990年にも、再び、覚せい剤取締法違反で逮捕)

さらには、妻の美千子さんが、自称会計士と不倫関係になって、
印税や講演料など穂積家の全財産3億円を超す大金を持ち逃げしたうえ、
穂積さん名義の土地を無断で売却。

これで、穂積さんはベストセラー作家から一転、
バッシングの対象になったうえ、経済的にも困窮してしまったのでした。

そして、その後、穂積さんは、
美千子さんと双方、弁護士を立て泥沼争いを展開。

1987年には、ようやく離婚が成立し、美千子さんが由香里さんを引き取られると、
それっきり、由香里さんとは連絡が途絶えてしまったのでした。

「穂積隆信の現在は?嫁は自殺!娘は病死!再婚は?積木くずし最終章で新事実?」に続く

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