野久保直樹!野球!ヘキサゴン!羞恥心!事務所独立?現在は舞台!

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「クイズ!ヘキサゴンII」でおバカタレントとして大ブレイクされた、野久保直樹(のくぼ なおき)さん。その後、ユニット「羞恥心」でCDデビューすると大ヒットを記録。現在は、お笑いを辞め、舞台を中心に俳優として活動されています。




プロフィール!


野久保さんは、1981年5月14日生まれ、
静岡県磐田市のご出身です。

身長175センチ、
血液型はA型、

趣味は、
料理、サーフィン、スポーツ全般、

特技は、野球、乗馬、

出身高校は、興誠高等学校、

だそうです♪


野球!


野久保さんは、小学生の時、
少年野球チームに入っていたお兄さんの試合に、
ついて行ったことがきっかけで、
野球を始められます。

体格に恵まれていたこともあり、
すぐに頭角を現したそうで、

ランニングホームランが多い、
小学生達の中で、

野久保さんは、外野の頭上を超す、
見事なホームランを打つことができたのだとか。

自分が周りと違うことを意識され、
本気でプロ野球選手を目指された野久保さんは、

中学時代には、
シニアリーグの「浜松シニア」で、
全国準優勝を果たし、

高校2年生の時には、
明治神宮野球場でホームランを打つという、
華々しい経験をされています。


「みんなの甲子園」に、ナビゲーターとして、
出演されていた野久保さん。


そして、高校3年生の時には、
野球部でキャプテンを務め、
甲子園を目指されていたのですが、

残念ながら、県大会の3回戦で敗退し、
甲子園の道が閉ざされてしまいます。

プロへの道が遠のいてしまい、
その日は、部屋にこもって泣いたそうですが、

次の日には、不思議と、
すっと、野球への執着心が消えていたのだそうです。


芸能界を目指す


野久保さんは、こうして、
野球という夢を諦めたのですが、

人の前で何かを表現し、
みんなに憧れられる存在という意味で、

野球に一番近い、
芸能界を目指そうと決めたのでした。

そんな野久保さんに、周囲は、

大学行って、社会人野球やって、
プロを目指せばいいじゃないか。

と、大反対。

しかし、野久保さんは、
芸能界で、ゼロからのスタートをしたいと思われ、
周囲の反対を押し切り、上京。

タレントの専門学校に通い、
演技の基礎を学ぶ傍ら、

オーディションを受ける日々を
過ごされたのだそうです。

そして、俳優として、
いくつか、テレビドラマに出演するも、
知名度を上げることはできず、

タレントとして、
バラエティ番組を中心に、
出演するようになったのでした。

ヘキサゴン&羞恥心でブレイク!


そして、野久保さんは、2006年、
バラエティ番組「クイズ!ヘキサゴンII」
に初出演すると、珍回答を連発。

司会者の島田紳助さんに、
うまくイジられたことで、

2007年夏頃からは、
常連回答者として出演することになり、

「おバカタレント」
として、
大ブレイクされたのでした。

さらに、翌年の2008年には、
同じくおバカキャラとして常連回答者だった、

上地雄輔さん、つるの剛士さんの3人で、
ユニット「羞恥心」を結成。



シングル「羞恥心」でCDデビューを果たすと、
CDは大ヒットを記録し、

野久保さんは、あらゆるメディアに、
引っ張りだことなられたのでした。

野久保さんは、その時の喜びを、

スケジュール帳がそれまでは、
バイトで埋まっていたのが、

自分の好きなことで埋まる、
という喜びがありましたね。

今まではオーディションに行って、
落ちてを繰り返していて、

それこそ自分の仕事なんて、
月に1回あるかないかでしたから。

それが毎日埋まるわけです。
1ヵ月の間にポツンポツンと、
3日でもスケジュールが空いたら不安でしたよ。

(仕事が増えて)疲れは感じていましたけど、
自分が必要とされている喜びのほうが、
大きかったですね。

と、語っておられました。

戸惑い


こうして、野久保さんは、
「おバカキャラ」として大ブレイクされたのですが、

ご自身の中では、次第に、
人気がひとり歩きしているような、
感覚に陥ったのだそうです。

というのも、野久保さんは、
自分のことを「俳優」と考えていたので、

「ヘキサゴン」に出演中、
タレントやお笑いの人のように、
何かをしなければ、という意識はなく、

素の自分を出した結果、
それがみんなにウケ、

自分は何もしていないのに、
名前だけが広まってしまった、
と感じられたというのです。



そのうえ、「羞恥心」としての、
大ブレイクがきっかけで、
俳優としての仕事も増えたのですが、

演技での、実力不足を実感し、
落ち込む日々だったとのこと。

しかも、ひどい演技にもかかわらず、
監督がOKを出してくれる、

そんな、実力と知名度のギャップに、
違和感を覚えたのだそうです。


バラエティを辞める


そんな中、野久保さんは、
バラエティを辞める決意をされるのでした。

そのことを、
島田紳助さんに報告すると、

こういう世界やし、
必要としてくれる人もいっぱいいるんやから、

(辞めるより)必要とされているときに、
(芸能界に)いたほうが自分のためにもなる。

でも、決めるのはお前やから。
自分の人生歩んだらええんちゃう?

と、やんわり引き留められるも、
最終的には、辞めることを認めてくれたそうで、

さすがは、厳しいお笑いの世界で、
長い間トップに君臨していた、
紳助さんならではの、シンプルな助言ですね。

事務所独立


そして、野久保さんは、2009年、
「羞恥心」や、バラエティ番組の出演を辞め、

それまで所属していた、
「ワタナベエンターテインメント」も辞められ、

2009年7月末から、
2010年3月末まで、
芸能活動を休業し、

この間、ニューヨークへ、
行かれたのだそうです。

野久保さんは、
ニューヨーク時代について、

めっっっっちゃ嬉しかったんですよ! 
仕事をしていたときより嬉しかったと思います。

それまでは忙しいことが、
嬉しいと思っていたんですけど、

それを全部辞めて、
ニューヨークへ行ったときの気分ったらなかったですね。

本当にやりたいことを吸収したいと思って、
ニューヨークへ行ったので、
その嬉しさだったと思います。

と、語っておられたので、
とても充実した日々を送られていたようですね♪

現在は舞台俳優として


そんな野久保さんは、2010年4月、
劇団「たいしゅう小説家」の舞台、
「キマズゲ~愛のことば~」で芸能界復帰。

その後は舞台を中心に活動され、
俳優としてのキャリアを積まれています。

野久保さんは、

演技に関しては、
地道にやるのが一番の上達への近道。

やっぱり努力は嘘をつかないんですよ。
それは野球のときにわかっています。

ただ、この世界って努力したから、
必ず成功するわけではないですよね。

でも、芝居に関しては努力がなければ、
絶対に上達はしないんですよ。

売れる、売れない、に関しては、
運かもしれませんが、

芝居はやり続けないと、
上手くならないので絶対に続けますよ。

と、お芝居に対する情熱を、
熱く語っておられました。

さて、ファンクラブも結成し、
新たなご自身の道を歩み始められた野久保さん。

テレビドラマで活躍される日も、
そう遠くないかもしれませんね。

今度は、「俳優としてのブレイク」を、
期待しています!!



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