渡辺篤史の若い頃は子役?身長は?借金地獄?出演ドラマ映画は?


小学5年生の時、児童劇団「若草」に入られると、中学1年生の時には、テレビドラマ「にあんちゃん」で子役デビューされた、渡辺篤史(わたなべ あつし)さん。以降、数多くのテレビドラマに出演され、子役として活動を続けられるのですが・・・

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

渡辺さんは、1947年11月28日生まれ、
茨城県下妻市のご出身、

身長170センチ、

血液型はAB型、

学歴は、
日本大学鶴ヶ丘高等学校
⇒日本大学文理学部国文学科中退

趣味は、
テニス建築設計、骨董収集、音楽鑑賞、作陶、

特技は、
ボクシング、テニス、

ちなみに、
渡辺篤史は本名です。

児童劇団「若草」に入団

渡辺さんは、幼少時に両親が離婚し、お母さんに引き取られると、
小学校3年生の時、地元茨城県から東京に引っ越すのですが、

転校して初めての日、方言丸出しであいさつすると、みんなは大爆笑。
それからというもの、いじめにあって、だんだん引きこもり状態になったそうで、

お母さんがそのことを心配して、
知り合いの舞台写真を撮影する写真屋さんに話したところ、

児童劇団に入れば、なまりなんてすぐになくなるよ。

と、勧められたそうで、

渡辺さんは、小学校5年生の時、
児童劇団「若草」に入られたのでした。

テレビドラマ「にあんちゃん」で子役デビュー

そして、1960年、中学1年生の時には、
劇団から言われるがままにオーディションを受けることになり、

なまりのまんまセリフを読んだところ、

茨城と九州のなまりは似ているから、リアルでいい。

との理由で見事合格。

こうして、渡辺さんは、九州の小さな炭坑町を舞台にした、
「にあんちゃん」でテレビドラマデビューされるのですが、

当時のドラマは生放送だったため、間違えてはいけないと緊張しすぎて、
せっかく覚えたセリフが、本番当日のリハーサルでは全く出てこず。

ただ、本番の冒頭、お兄さん役の福田豊士さんと兄弟げんかをして、
福田さんに殴られるシーンで、

リハーサルでは殴るふりをするだけだったのが、本番では本気で殴られ、
それが痛くて痛くて、悔しい気持ちがこみ上がったことから、

リハーサルでは出てこなかったセリフが、
流れるように出てきたそうで、

結果、演出家から、

篤史、良かったよ。

と、すごくほめられ、そのことがうれしく、
この時、初めて表現する喜びを知ったのだそうです。

母親の借金を背負う~ドラマの掛け持ちで返済の日々

その後、渡辺さんは、翌年の1961年には、
テレビドラマ「三太物語」で、主人公の三太役に抜擢され、

山奥に住む、明るく元気な少年三太を生き生きと演じられると、
一躍、子役として人気を博すのですが、

(この三太役のイメージが強烈だったようで、渡辺さんは後々まで、
 テレビでゲスト出演するたびに「おらぁ三太だ」と言われていたそうです。)

その後、高校生の頃には、学業が優先だったのか、
表立った活動はされていなかったようです。

ただ、この頃、お母さんから、

俳優の仕事は趣味として応援するから、
事業を手伝ってほしい。

と言われ、劇団を退団されると、

大学2年生の時には、お母さんが投資話でだまされ、
なんと、数千万円という借金を抱えて、自宅まで差し押さえられてしまいます。

そして、さらに、追い詰められたお母さんは、
息子である渡辺さんを連帯保証人にされたことから、

渡辺さんは、やむを得ず、大学を中退し、
借金を返済するために、再び俳優の仕事に打ち込まれると、

以降、ドラマ2本と舞台を掛け持ちし、睡眠時間は3、4時間という、
借金返済に追われる日々を続け、35歳の時、ようやく、
15年がかりで借金を完済されたそうで、

渡辺さんは、当時を振り返り、

今なら「つらかった」と話せますが、当時は言葉にすらできなかった。
だから、そこに夢を持つようにしたんですよ。

思いっきり芝居の世界に入り込んで、役になりきって。

すると、実生活で押し殺していた感情が芝居で爆発したりして、
「迫真の演技だね」と言われたりもしました。

それに、苦労をすることで、いろいろな立場の人の気持ちを、
掘り下げられるようになって、役づくりの勉強にもなった。

「災い転じて福となす」じゃないけれど、
つらい経験も糧になるものですね。

と、語っておられました。

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出演作品(テレビドラマ、映画)

それでは、ここで、
渡辺さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1960年「にあんちゃん」
1961年「三太物語」
1965年「特別機動捜査隊」第173話
1966年「青空に落書きしよう」
1967年「あゝ同期の桜」第15話
1968年「青い太陽」

1969年 NHK連続テレビ小説「信子とおばあちゃん」
1970年「ザ・ガードマン」
1971年「負けられません!」
1972年「夫婦学校」
1973年「ゲンコツの海」
1974年「運命峠」

1975年「どてらい男・激動編」
1976年「必殺仕業人」
1977年「非曲・禁じられた愛」
1978年「魂の試される時」
1979年「俺たちは天使だ!」
1980年「風神の門」


「必殺仕業人」より。(左から)中村敦夫さん、
藤田まことさん、大出俊さん、渡辺さん。


「俺たちは天使だ!」より。(左から)柴田恭兵さん、
渡辺さん、沖雅也さん、神田正輝さん、多岐川裕美さん。


「風神の門」より。三浦浩一さん(左)と渡辺さん。

1981年「本郷菊坂赤門通り」
1982年「松平右近事件帳」
1983年「徳川家康」
1984年「さよならは涙を拭いてから」
1985年「特捜最前線」
1987年「若大将天下ご免!」第29話


「特捜最前線」より。松居直美さんと渡辺さん。

1988年「燃え尽きるまで・・・」
1989年「坂本龍馬」
1990年「魔性の宿 密会殺人事件」
1991年「悪者は誰~愛妻が選ぶ、甘く危険な関係」
1995年「裸の大将」
2011年「Dr.伊良部一郎」ナレーション

映画では、

1962年「目をつぶって突っ走れ」
1970年「最後の特攻隊」
1971年「海兵四号生徒」
1975年「三億円をつかまえろ」
1977年「先生のつうしんぼ」
1978年「沖縄10年戦争」


「先生のつうしんぼ」より。中央が渡辺さん。

1979年「茗荷村見聞記」
1985年「ビルマの竪琴」
1986年「鹿鳴館」
1987年「バツ&テリー」
1989年「マイフェニックス」
2002年「王様の漢方」
2004年「丹下左膳 百万両の壷」


「王様の漢方」より。中央が渡辺さん。

ほか、数多くの作品に出演されています。

「渡辺篤史の建物訪問!自宅は?大泉洋モノマネでCM糸ようじ!娘は?息子は?」に続く

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