1967年、加山雄三さんのバンド「ザ・ランチャーズ」での、シングル「真冬の帰り道」のヒットを皮切りに、ソロ転身後、1975年には、アルバム「弁才天」で世界デビューも果たした、喜多嶋修(きたじま おさむ)さんですが、プライベートはマスコミに追われることも多かったようです。

「喜多嶋修の若い頃は?加山雄三とランチャーズ!アルバムは?」からの続き

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妻は元女優の内藤洋子、娘は喜多嶋舞

そんな喜多嶋さんの気になるプライベートですが、

喜多嶋さんは、1971年、元女優の内藤洋子さんと結婚されています。

お二人の馴れ初めなど、詳しいことは分かりませんでしたが、喜多嶋さんは、従兄弟である加山雄三さんのバンド「ザ・ランチャーズ」のメンバーとして、東宝映画「エレキの若大将」(加山さん主演)に出演されていたこともあるので、東宝の看板女優だった内藤さんと知り合う機会があったのでしょう。


喜多嶋さんと内藤洋子さん。

ちなみに、内藤さんは、後に、喜多嶋さんと知り合われた時のことを、

当時の私は男性に対してガードが堅かったのですが、彼と出会って人生観が変わりました。女優業を続けることに迷っていた私に「苦しんでいるならやめたら。人生楽しくなくっちゃダメ」と言ってくれたのです。

と、語っておられるのですが、内藤さんは、その言葉どおり、結婚後はあっさりと芸能界を引退。

その後、夫婦でイギリスのロンドンに移住すると、1972年には、娘の喜多嶋舞さんが誕生。そして、1974年にロサンゼルスに移住すると、1981年には息子の勢さんが、1983年には二人目の娘、維さんが誕生しています。


(後列左から)喜多嶋修さん、内藤洋子さん、喜多嶋舞さん、
(前列左から)維さん、勢さん。

石川さゆりと不倫

ところで、喜多嶋さんを、「石川さゆり」で多くの人が検索されているようです。

というのも、喜多嶋さんと石川さんは、1991年、「ダブル不倫」していたことが週刊誌に報じられているのです。

記事によると、喜多嶋さんは、1988年頃、石川さんのアルバムのプロデュースを担当したことがきっかけで、石川さんと知り合うと、

レコーディングの際には、石川さんは、自身のご主人(元マネージャーの馬場憲治さん)とお子さんが目の前にいるにもかかわらず、喜多嶋さんにべったりだったそうで、

石川さんは、結局、1989年に離婚しているのですが、この不倫が原因だったのでは、と言われています。

また、石川さんは、当時、トーク番組「オシャレ30・30」に出演されているのですが、その際、

今度、喜多嶋修さんにプロデュースしてもらって・・・

と話し、司会の阿川泰子さんが、

ああ、内藤洋子さんのご主人ね

と相槌を打ったとたん、烈火のごとく怒り出し、

何で!?なんで誰々さんのご主人とかそういう言い方をするの!?私、そういう言い方大っ嫌い!!

と、阿川さんに向かってまくしたてているのですが、

当時は、視聴者をはじめ、周囲も、なぜ石川さんが突然ブチ切れたのか理解できなかったそうですが、それからほどなくして、二人の「ダブル不倫」が報道され、その理由が分かったとのことでした。

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現在は?

さて、2013年9月には、娘の喜多嶋舞さんと元夫の大沢樹生さんとの長男・大沢零次さんの親権を、舞さんから受け継ぎ、零次さんとロサンゼルスで暮らすと、

2014年には、「DNA鑑定の結果、長男と血縁関係は0%」と会見で涙ながらに明かした大沢さんに対して、

「でっちあげ」「泣きべそまでかいて・・・会見は大芝居」

といった内容の1858字にわたる長文メールを情報番組「ノンストップ!」に送って、激しく非難し、再び注目を集めた喜多嶋さん。

ただ、現在、喜多嶋さんは音楽活動をされておらず、ロサンゼルスでは何をされているのかも不明なため、逆に、胡散臭いと言われてしまうはめに・・・

ぜひ、次は、ご家族の不祥事ではなく、自身の活動で話題となってほしいですね♪

「喜多嶋舞の若い頃は?父親と母親は?大沢樹生との馴れ初めは?子供は?」

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