黒柳徹子のデビューからのドラマ映画ほか出演作品を画像で!


「徹子の部屋」「世界ふしぎ発見!」など、日本人なら誰でも知っている長寿番組でおなじみの、黒柳徹子(くろやなぎ てつこ)さん。今回は、そんな黒柳さんのデビューからの出演番組を画像を交えてご紹介します。

「黒柳徹子がたまねぎ頭の理由は?すっぴんやロングのセンター分け画像も!」からの続き

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徹子の部屋

まずは、黒柳さんと言えば、「徹子の部屋」

この番組、1976年に放送を開始して以来、40年以上経った現在もまだ続いているのですが、実は、当時、日本初のトーク番組だったそうで、黒柳さんは、放送開始にあたって、テレビ朝日に、

  • スタッフの入れ替えをしないこと
  • 編集をしないこと(撮って出しの手法)

という条件を出されたそうです。

(実際には、プロデューサーやディレクターは、入れ替わっているそうですが)

中でも、「編集をしないこと」の理由は、

ゲストのありのままの姿を引き出すため

番組の質の低下を防ぐため(帯番組を編集するのは多大な労力がかかる)

「ここをカットしてほしい」「ここを残してほしい」と編集に関する意見が衝突するのを防ぐため

で、黒柳さんは、そのことについて、

一切編集をしない。ほぼ生放送の状態。だから皆さん本心を話してくれるんでしょう。

と、語っておられます。


「徹子の部屋」より。

実際、これだけの長期間に渡って番組が続いているのは、黒柳さんのおっしゃる通りでしょう。

また、お母さんのような黒柳さんの前では、みんな本当のことを話してしまうのかもしれませんね。

ザ・ベストテン

そして、黒柳さんと言えば、1978年の番組スタートから最終回の1989年まで司会を務められた、歌番組「ザ・ベストテン」

この番組は、「レコード売り上げ」「有線放送リクエスト」「ラジオ放送リクエスト」「番組に寄せられたハガキのリクエスト」を合わせてポイント制で決定された、毎週上位10曲を発表するという歌番組だったのですが、


「ザ・ベストテン」より。久米宏さんと黒柳さん。

黒柳さんは、放送開始時に、

本当に1位でない人を、1位と言わせないでください。

と、ランキング操作拒否の姿勢を打ち出されていたそうで、

TBSプロデューサーの、故・山田修爾さんも、そんな黒柳さんの真っ直ぐな姿勢に、番組終了までの12年間、その約束を守り抜かれたそうです。

世界ふしぎ発見

また、黒柳さんと言えば、1986年から現在まで30年以上続き、放送回数1500回を優に超えているという(1986年4月19日~1987年9月26日、1987年10月3日~現在)、クイズ番組「世界ふしぎ発見!」ですが、

実は、黒柳さん、この番組出演のオファーを引き受けられたのは、自身の勉強のためだったそうで、インタビューで、

勉強するために(世界ふしぎ発見の)出演を引き受けたんですからね。歴史がわかってないのでね。とにかく勉強するとか、一応努力している。ともかく自分でしないことにはね、当たり前のことだけれど。

と、語っておられます。

黒柳さんは、ちょうど中学に入る頃、戦争が終わり、そのどさくさに紛れて、何も勉強しないまま、学校生活が終わってしまったそうなので、そのことをずっと気にされているのかもしれませんね。


「世界ふしぎ発見!」より。(左から)黒柳さん、野々村真さん、草野仁さん、出水麻衣さん。

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出演作品(映画、テレビドラマ、レギュラー出演、単発番組司会・特番出演)

それでは、ここで、黒柳さんの主な出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

1958年「海は生きている」
1962年「ちんじゃらじゃら物語」
1966年「喜劇 駅前漫画」
1972年「サマー・ソルジャー」
1974年「ムツゴロウの結婚記」

1977年「春男の翔んだ空」
1989年「善人の条件」
1999年「アイ・ラヴ・ユー」
2013年「いわさきちひろ 〜27歳の旅立ち〜」


「ちんじゃらじゃら物語」のポスターより。左下が黒柳さん。


「喜劇 駅前漫画」より。(左から)横山道代さん、フランキー堺さん、黒柳さん。

テレビドラマでは、

1959年「夜の仲間」
1961年「若い季節」
1965年「のれん太平記 第4シリーズ」
1966年「泣いてたまるか」
1967年「徳川の夫人たち」
1969年「速歩自源流」


「若い季節」より。中央が黒柳さん。


「泣いてたまるか」より。渥美清さんと黒柳さん。

1970年「乱戦模様」
     「おさな妻」
1971年「鬼退治」
     「繭子ひとり」
1973年「銀座わが町」


「おさな妻」より。

1974年「6羽のかもめ」
1975年 NHK大河ドラマ「元禄太平記」
     「あこがれ共同隊」
1987年「チョッちゃん」
2007年「和田アキ子殺人事件」

2009年「歌のおにいさん」
2011年 NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」
2014年「森光子を生きた女〜日本一愛されたお母さんは、日本一寂しい女だった〜」
     「死神くん」第7話
2016年「トットてれび」


「歌のおにいさん」より。小野武彦さんと黒柳さん。

レギュラー出演では、

1961~1966年「夢であいましょう」司会
1966~1968年「まんが海賊クイズ」司会
1968~1971年「クイズ大作戦司会
1969年「レモンスカッシュ4対4」
1970~1971年「ステージ101」司会
1972~1976年「13時ショー」司会


「夢であいましょう」より。黒柳さんと中村八大さん。

1973~1974年「火曜歌謡ビッグマッチ」司会
1976年「徹子の部屋」司会(継続中)
1977~1984年「音楽の広場」
1978~1989年「ザ・ベストテン」
1984~1985年「徹子と気まぐれコンチェルト」司会


「13時ショー」より。中央が黒柳さん。

1986年「世界・ふしぎ発見!」レギュラー解答者(継続中)
1989年「音楽派トゥギャザー」司会
2006~2009年「ドリーム・プレス社」司会
2009年「キズナ食堂」
2012~2013年「タマネギ頭~徹子さんおもてなしクイズ!~」司会
2015~2016年「黒柳徹子のコドモノクニ〜夢を描いた芸術家たち〜」司会


「音楽派トゥギャザー」より。高田純次さんと黒柳さん。

単発番組司会・特番出演では、

1958、1980~1983、2015年「NHK紅白歌合戦」司会
1974年「日本歌謡大賞」司会
1977年「テレビ朝日誕生記念番組・わが家の友だち10チャンネル・徹子のナマナマ10時間半完全生中継」司会
1977、1978、1991、1992年「輝く!日本レコード大賞」司会
1979年「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」司会


「NHK紅白歌合戦」(2015年)より。

1994年「TBS新局舎完成記念 テレビ新世紀!感動の超有名人300人大集合 」司会
2001年「志村&所の戦うお正月・和田アキ子vs黒柳徹子 2大女帝パチンコ対決」
2011年「100年インタビュー」
2012年「テレビのチカラ『あの人が選ぶ“忘れられない名番組”』」
     「TV60+オモイデテレビ『黒柳徹子さん“魔法のじゅうたん”』」
2013年「真夏の夜の美輪明宏スペシャル」
2016年「黒柳徹子だけが知っている THEテレビ伝説60年史」司会
     「徹子×さまぁ~ずの爆笑芸賓館 イチオシ芸人GP2016」司会

ほか、数多くの作品に出演されています。

「黒柳徹子はユニセフ親善大使!パンダ保護協会名誉会長も!」に続く

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