1956年に、八波むと志さん、南利明さんと共にお笑いユニット「脱線トリオ」を結成すると、テレビ番組「お昼の演芸」で披露したコント「たそがれシリーズ」でたちまち大ブレイクし、以降、コメディアンとして活躍するかたわら、喜劇役者としても、数多くの映画やテレビドラマに出演した、由利徹(ゆり とおる)さん。
今回は、そんな由利徹さんの、若い頃(デビュー)からの出演作品や経歴を時系列でご紹介します。
「由利徹の生い立ちは?幼少期から宴会芸!下積時代はストリップ劇場で寸劇!」からの続き
由利徹は34歳の時に「脱線トリオ(八波むと志、南利明)」でブレイク
1951年、30歳の時、帝国劇場よりも高額なギャラを提示されたことをきっかけに、ストリップ劇場「新宿セントラル」で、ストリップの合間に寸劇を行う俳優になったという由利徹さんは、
ここで、”客を喜ばせる芸”を徹底的に磨いたそうですが、当初は全く売れなかったといいます。
ただ、細々と仕事を続けていると、徐々に、評判になり始め、1956年3月、34歳の時、
日本テレビのプロデューサーから、
「お昼の演芸」で毎週15分間のコントをしてほしい
との依頼を受けたそうで、
同じく「新宿セントラル」で寸劇をやっていた、八波むと志さん、南利明さんと、お笑いユニット「脱線トリオ」を結成し、「お昼の演芸」内で「たそがれシリーズ」というコントを披露すると、たちまちブレイクしています。
由利徹が38歳の時は「カックン・ルンバ」がヒット
そして、翌年1957年(由利徹さん36歳)には、「脱線トリオ」は、一ヶ月に40本ものテレビ番組に出演するほどの国民的人気を博し、
(知名度と人気が飛躍的に伸びた由利徹さんら3人は、個別での出演も激増し、映画の脇役などの出演オファーが殺到したそうです)
特に由利徹さんの「カックン」のギャグは当時の流行語となり、1959年(由利徹さん38歳)には、南利明さんとコンビを組んだハチャメチャコメディ映画「カックン超特急」もヒット。
「カックン超特急」
さらに、由利徹さんと南利明さんは、「カックン超特急」の主題歌「カックン・ルンバ」で歌手デビューも果たすと、このレコードもヒットしたのでした。
「カックン・ルンバ」
由利徹が44歳~51歳の時には「網走番外地シリーズ」「不良番長シリーズ」で常連
そんな「脱線トリオ」も、1961年(由利徹さん40歳)には解散となり、その後、由利徹さんは、再び、南利明さん、佐山俊二さんとトリオを組むも、徐々に単独での活動がメインとなって映画やテレビドラマにも数多く出演し、
1965年~1967年(44歳~46歳)には、高倉健さん主演の映画「網走番外地シリーズ」ほか、1969年~1972年(48歳~51歳)には、梅宮辰夫さん主演の「不良番長シリーズ」などの東映シリーズの常連となっています。
「網走番外地 南国の対決」より。(左から)高倉健さん、千葉真一さん、由利徹さん。
由利徹が52歳の時には「時間ですよ」に出演
また、由利徹さんは、1973年、52歳の時には、ホームドラマ「時間ですよ」にも出演しています。
「時間ですよ」より。研ナオコさん(左)と由利徹さん(右)。
由利徹は53歳の時に「がんばれ!!ロボコン」でおまわりさん役
そして、1974年、53歳の時には、「がんばれ!!ロボコン」で、おまわりさん(町田巡査役)を演じています。
「がんばれ!!ロボコン」より。
由利徹は54歳~58歳の時に菅原文太主演の「トラック野郎シリーズ」で常連
さらに、由利徹さんは、1975年~1979年(54歳~58歳)の時には、菅原文太さん主演の「トラック野郎シリーズ」の常連となっています。
「トラック野郎シリーズ」より。
由利徹は56歳~58歳の時にホームドラマ「ムー」「ムー一族」に出演
また、由利徹さんは、
- 1977年(56歳)「ムー」
- 1978~1979年(57歳~58歳)「ムー一族」
にも出演しています。
「ムー」より。(左から)伴淳三郎さん、由利徹さん、伊東四朗さん。
由利徹は71歳の時に勲四等瑞宝章を受章
そんな由利徹さんは、1983年、62歳の時には、故郷・石巻市から市民栄誉賞を受賞すると、1991年4月、69歳の時には、日本喜劇人協会の七代目の会長に就任し、
1993年4月、71歳の時には、春の叙勲で勲四等瑞宝章を受章しているのですが、
勲章なんかもらって、おれの本質から外れちゃうようになったら困るな
と、独特の表現で喜びを語っています。
由利徹の死因は肝臓ガン
ただ、そんな由利徹さんも、1998年、77歳の時、吉幾三座長公演「日本一?のお父ちゃん!」出演中に体調を崩して降板すると、腹水がたまり、滑舌もはっきりしない状態だったことから、都内の病院に入院となり、
1999年5月20日午後9時30分、肝臓ガンにより、78歳で他界されています。
ちなみに、由利徹さんの長男・裕二さんは、
病院の医師からもういよいよダメだと告げられた時、親しかった赤塚不二夫さんをはじめ、駆けつけた見舞客の方たちが、隣室で酒盛りを始めたんです。その中で息を引き取った。父らしい最期でした
と、語っています。
「由利徹の妻は松竹歌劇団の男役!結婚後も浮気三昧?子供は息子が2人!」に続く
1956年、お笑いユニット「脱線トリオ」を結成すると、「たそがれシリーズ」で大ブレイクし、以降、単独でも、猥雑でナンセンスな笑いを軽やかに演じるほか、数多くのテレビドラマや映画にも出演し、とぼけた演技で人気を博した、由利 …