お父さんが劇作家・俳優の唐十郎さん、お母さんが女優の李麗仙さんで、自宅の2階が劇団の稽古場という、お芝居が身近な環境で育った、大鶴義丹(おおつる ぎたん)さんは、

若い頃は、お父さんの唐十郎さんに対して、つっぱっている部分があり、お父さんと共演したことはなかったそうですが、

近年になって、お父さんと芝居をしておけば良かったと後悔がこみ上げるほか、自身も、お父さんのようにすさまじいペースで舞台をやっていることに気づいたといいます。

今回は、大鶴義丹さんに多大な影響を与えた、父・唐十郎さん、母・李麗仙さんのほか、異母姉弟についてもご紹介します。

大鶴義丹

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大鶴義丹の父親は唐十郎

大鶴義丹さんのお父さんは、劇作家の唐十郎(から じゅうろう)さんです。

唐十郎さんは、1940年2月11日、東京府東京市下谷区下谷万年町(現・東京都台東区)で誕生すると、1963年、笹原茂峻(笹原茂朱)さんらと共に劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」を設立して、旗揚げ公演「恭しき娼婦」(フランスの哲学者・サルトル作)を行い、

翌年の1964年には、初めて「唐十郎」名義を用いて、処女戯曲「24時53分『塔の下』行きは竹早町の駄菓子屋の前で待っている」を発表したそうですが、

唐十郎
大鶴義丹さんの父親・唐十郎さん。

1967年には、生活費や公演資金を稼ぐため、当時の妻・李麗仙さんらと共に、「金粉ショー」をしながら、日本中、キャバレー巡りをすると、

稼いだ資金でテントを購入して、新宿・花園神社境内にテント(紅テント)を建てて公演を行い、1960年代から1970年代にかけて、アンダーグランド劇団を代表する劇作家として若者を中心に人気を博しました。

そんな唐十郎さんは、1983年には、作家としても小説「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞しています。

ちなみに、唐十郎さんの性格は破天荒で、しばしば、酒場で演劇仲間とケンカをしたり大暴れしていたそうで、昔ながらの、演劇人といった方だったそうです。

(唐十郎さんは、2024年、急性硬膜下血腫により、84歳で他界されています)

大鶴義丹の母親は李麗仙

大鶴義丹さんのお母さんは、女優の李麗仙(り れいせん)さんです。

李麗仙
大鶴義丹さんの母親・李麗仙さん。

李麗仙さんは、在日韓国人3世として日本で生まれ育ったそうですが、舞台芸術学院在学中に唐十郎さんと知り合うと、1963年、舞台芸術学院を中退して、唐十郎さんが旗揚げした劇団「状況劇場」に参加したそうで、

当初は、日本名の「星山初子」名義で活動していたそうですが、数年後に「李礼仙」と改名すると、「状況劇場」の看板女優として活躍し、”アングラ界の女王”と称され、独特な演技でその存在感を放ちました。

また、李麗仙さんは、1967年に唐十郎さんと結婚し、1968年に大鶴義丹さんを出産後も、「状況劇場」の看板女優として活躍していたのですが、

1988年に唐十郎さんと離婚すると、「李麗仙」に改名し、以降、舞台のほか、テレビドラマ、映画などにも出演しています。

(李麗仙さんは、2021年6月22日、肺炎により、79歳で他界されています)

大鶴義丹の一家
(左から)祖母・みねさん、大鶴義丹さん、父・唐十郎さん、母・李麗仙さん。(1978年1月、東京都杉並区の自宅より)

大鶴義丹の異母妹は大鶴美仁音

大鶴義丹さんは、父親の唐十郎さんが、母親の李麗仙さんと離婚後、再婚相手との間に子供が2人誕生していることから、異母妹と異母弟がいるのですが、

異母妹は、女優の大鶴美仁音(おおつる みにおん)さんです。

大鶴美仁音
大鶴義丹さんの異母妹・大鶴美仁音さん。

大鶴美仁音さんは、1991年7月29日に誕生すると、17歳から父親・唐十郎さんの作品に出演し、2019年、28歳の時には、劇団「唐組」に入団すると、以降、「ジャガーの眼 2008」「吸血姫」「透明人間」「泥人魚」などに出演しています。

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大鶴義丹の異母弟は大鶴佐助

そして、大鶴義丹さんの異母弟は、俳優の大鶴佐助(おおつる さすけ)さんです。

大鶴佐助
大鶴義丹さんの異母弟・大鶴佐助さん。

大鶴佐助さんは、1993年11月14日に誕生すると、現在は、劇団「ヒトハダ」の座長を務めるほか、「ハムレットQ1」「ジャズ大名』「兎、波を走る」「サンソン―ルイ16世の首を刎ねた男―」「パンドラの鐘」「ヴェニスの商人」など、舞台を中心に活動しているといいます。

「大鶴義丹と前妻(最初の妻)マルシアの馴れ初めは?離婚原因は鉢合わせ不倫?」に続く

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