1982年、23歳の時、バラエティ番組「欽ちゃんの週刊欽曜日」にレギュラーとして出演すると、お茶の間の人気を博し、1985年、26歳の時には、人気音楽番組「ザ・ベストテン」の男性司会者に抜擢された、小西博之(こにし ひろゆき)さん。

今回は、そんな小西博之さんの、若い頃から現在までの経歴をご紹介します。

小西博之

「小西博之の生い立ちは?高校時代は教師志望!大学時代は野球部⇒演劇部!」からの続き

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小西博之は大学進学後は演劇部に所属しテレビドラマや舞台に脇役として出演していた

学校の先生を志し、教員免許を取得するため、中京大学に進学した小西博之さんは、大学では、野球部に入るも、指導方法に嫌気が差し、すぐに演劇部に転部したそうですが、

中京大学の演劇部員には、以前から芸能事務所からエキストラの依頼が届いていたそうで、

大柄な体格の小西博之さんは、「仮面ライダー」ショーで怪人役、NHKのテレビドラマ「中学生日記」で警察官役、萬屋錦之介一座の「赤穂城断絶」(御園座)で斬られ役を演じるなど、様々な仕事をしたそうです。

小西博之は大学3年生になると俳優業を封印し学業に専念していた

すると、お芝居に夢中になるあまり、大学の成績が下がっていったことから、

このままでは教師になれない

と、危機感を抱き、

ゼミが始まる大学3年生を機に、俳優の仕事は封印したそうで、

商業科と社会科の教職課程を選択し、猛勉強の末に簿記1級も取得するなど学業に専念したそうです。

小西博之は大学3年生の時にNHKドラマ「中学生日記」に出演していた

そんな中、大学3年生の冬、久しぶりに役者仲間から、

ご飯でも食べよう

と誘われ、ご飯に行くと、

そこには、なぜか、以前「中学生日記」でお世話になったディレクターの姿があったそうで、

そのディレクターからは、

もう芝居はやらないの?

と、言われたそうですが、

小西博之さんは、

やりません、4月には教育実習も始まるので

と、俳優はしないこと、4月から教育実習が始まることを話したそうです。

しかし、数日後、そのディレクターから、

教育実習生の案が通ったで。コニタン、実習生役な!

と、電話があったそうで、

小西博之さんは断ったそうですが、

ディレクターからは、

もう決まったから

と、説得され、渋々、今回限りという約束で、「中学生日記」に教育実習生役で出演したのだそうです。

小西博之は大学4年生の時に教員採用を見送られていた

その後、小西博之さんは、大学4年生の春、実際の教育実習では、このドラマの台本を参考にすると、生徒たちに大ウケしたそうで、

これなら本物の教師になっても大丈夫だと自信がついたそうですが・・・

同年7月、和歌山県教育委員会から手紙が届き、翌春の新入生は(出生数が少ないとされる)「丙午(ひのえうま)」生まれにあたるため、生徒減少を理由に教員の採用を見送る、と書かれていたそうで、

教師になるという小西博之さんの夢は、一旦、お預けとなったそうです。

小西博之は大学卒業後にローカルバラエティ番組「ジョークドキュメントBBS放送局」に出演し人気を博していた

そこで、小西博之さんは、

いつかチャンスはめぐってくる

と、大学卒業後は就職浪人することにし、

生活費を稼ぐため、牛丼屋の店長の深夜アルバイトをしたそうですが・・・

そのかたわら、中京テレビのバラエティー番組「ジョークドキュメントBBS放送局」に出演し、理科教育番組のパロディコーナーで先生役を演じると、たちまち人気を博します。

(小西博之さんの人気は凄まじく、地元企業の「名紳(岐阜市の紳士服販売店)」のCMで、さらにそのパロディが作られるほどだったそうです)

小西博之は人気を博す中、高校教師に採用されるまで、特別支援学校の職員になろうと決めていた

すると、NHKのディレクターからも、

BBS見たで!芸能活動やめてなかったんだな!!

と、熱烈なオファーを受け、

再び「中学生日記」(体育教師役)にも出演したそうですが、

ある日のこと、高校時代の数学の先生(この時、先生は特別支援学校の校長になっていたそうです)から電話があり、

小西がなりたいのはほんまの先生やろ?ウチに来い

高校の教師に採用されるまで、ウチの職員として児童を相手に現場で経験を積んだらどうや?

と、声をかけられたそうで、

(先生は、小西博之さんの「ジョークドキュメントBBS放送局」を見て電話をかけてきたのだそうです)

小西博之さんは、来年度から先生のところでお世話になろうと思い、芸能活動はそれまでのつなぎにしようと決めたのだそうです。

小西博之は23歳の時、「欽ちゃんの週刊欽曜日」のオーディションで一旦は不合格となるも一転合格となっていた

そんな中、BBS放送局の放送作家から、萩本欽一さんに会うよう勧められ、東京のスタジオを訪れると、

これをきっかけに、萩本欽一さんから、毎月、コントの稽古の見学に来るよう誘われ、以来、毎月、東京へ通うようになったそうですが、

ある日のこと、スタジオではオーディションが開かれたそうで、小西博之さんも急遽これに参加すると、

オーディション終了後には、萩本欽一さんから、

小西、ごめん。今日で終わり

と、言われたそうで、

そのまま、名古屋に帰り、牛丼屋の深夜アルバイトに行ったそうですが、

アルバイトが終わった翌朝、急遽、電話で呼び出され、急いで再び東京に行くと、萩本欽一さんからは、一転して「合格」を告げられたのだそうです。

小西博之は23歳の時に「欽ちゃんの週刊欽曜日」にレギュラー出演し人気を博していた

こうして、小西博之さんは、1982年、23歳の時、バラエティ番組「欽ちゃんの週刊欽曜日」にレギュラーとして出演すると、

「欽ちゃんファミリー」の一員として、強面とは裏腹に、温厚なキャラクターで人気を博したのでした。

小西博之
「欽ちゃんの週刊欽曜日」より。左が萩本欽一さん、中央上が佐藤B作さん、中央下が風見しんごさん、右上が清水由貴子さん、右下が小西博之さん。

小西博之はタレントとして人気を博すも、教師になる夢を捨てきれずにいた

とはいえ、小西博之さんの夢は、高校の教師になることで、一旦は、芸能活動はそれまでのつなぎにしようと決めていたことから、このまま芸能活動を続けるか、激しく心が揺れていたといいます。

しかし、そんな中、萩本欽一さんの一言で、芸能活動に専念することに決めたのだそうです。

小西博之は24歳の時に清水由貴子とのデュエット曲「銀座の雨の物語」がヒット

すると、小西博之さんは、1983年9月21日、24歳の時には、「欽ちゃんの週刊欽曜日」での共演者・清水由貴子さんとのデュエット曲「銀座の雨の物語」(作曲:南こうせつ)で歌手デビューも果たすと、オリコンチャート25位のヒットとなっています。

「銀座の雨の物語」
「銀座の雨の物語」

(ちなみに、この曲は、「欽ちゃんの週刊欽曜日」で、コントのオチに小西博之さんと清水由貴子さんが古い歌謡曲をデュエットするコーナーがあり、そのコーナーから誕生したデュエットソングでした)

小西博之は26歳の時に「ザ・ベストテン」の男性司会者に抜擢されていた

さらに、小西博之さんは、1985年、26歳の時には、人気音楽番組「ザ・ベストテン」で、男性司会者に抜擢されると、黒柳徹子さんと共に司会を務め、お茶の間の顔として広く知られるようになっています。

「ザ・ベストテン」
「ザ・ベストテン」より。小西博之さんと黒柳徹子さん。

小西博之は27歳の時に「スポーツマンNo.1決定戦」で総合5位の成績を収めていた

また、1996年には、「最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!スポーツマンNO.1決定戦」にも、「第1回芸能人サバイバルバトル」から参戦すると、

第2回大会では総合5位に輝き、その後も、第6回から第8回大会まで参戦し、芸能人大会屈指の肉体派と呼ばれるようになっています。

小西博之は41歳、48歳~50歳の時にウルトラマンシリーズに出演していた

そんな小西博之さんは、タレントや司会業のほかに、俳優としても活動し、2000年、41歳の時には、映画「ウルトラマンティガ THE FINAL ODESSEY」で、TPC警務局副長官・ナグモ役を演じると、

その後も、

と、ウルトラマンシリーズに出演し、宇宙船「スペースペンドラゴン」の船長・ヒュウガ役を務めており、

再び、子供世代にも人気を博すようになっています。

(小西博之さんは、8歳の時、「ウルトラマン」を見て、ウルトラ警備隊の隊員に憧れていたことから、隊員の役を演じることができてとても嬉しかったそうです)

小西博之
「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」より。

小西博之は45歳の時に末期の腎臓ガン(腎細胞ガン)と診断されていた

しかし、そんな小西博之さんも、2004年夏頃から、血尿が出るようになり、ダイエットをしていたとはいえ、それまで85kgあった体重は70kgを割り込むまで激減していたそうで、

同年12月下旬、大量の血尿が出たことで医療機関を受診し、精密検査を受けると、翌年2005年1月には、「末期の腎臓ガン(腎細胞ガン)」と診断され、すでに全身へ転移する恐れがある極めて深刻な状態だったといいます。

それでも、10時間に及ぶ大手術に成功すると、5年後の検診では、完治のお墨付きをもらったのだそうです。

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小西博之の現在は?

そんな小西博之さんは、その後は、タレント活動のかたわら、全国の小中高校や児童養護施設の子供たちに「命の大切さ」をテーマにした講演活動を行うほか、

(全国の小中高校を巡り、「命の授業」という講義も行っているそうです)

ガンをテーマに講演会を行い、ガンに悩む人々を勇気づけているといいます。

また、

と、様々な分野で精力的に活動しているといいます。

ちなみに、2026年4月には、特撮ドラマ「ウルトラギャラクシー大怪獣バトル」で共演した俊藤光利さんが、自身のインスタグラムに、小西博之さんと南翔太さんとのスリーショットをアップしており、現在も小西博之さんはお元気にされていることが分かります。

俊藤光利、小西博之、南翔太
(左から)俊藤光利さん、小西博之さん、南翔太さん。

「【画像】小西博之の出演ドラマ映画バラエティCMラジオは?著書は?」に続く

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