1979年、ドラフト1位で阪神タイガースに入団すると、いきなり入団1年目に18本塁打を放って新人王に輝き、1985年には、甲子園で、3番・ランディ・バース選手、4番・掛布雅之選手と共にバックスクリーン3連発を打つほか、このシーズンのリーグ優勝&日本一に貢献した、岡田彰布(おかだ あきのぶ)さん。今回は、そんな岡田さんの現役時代の成績をご紹介します。

「岡田彰布は仰木彬監督に誘われてオリックスに移籍していた!」からの続き

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プロ野球選手(現役)時代の打撃成績

それではここで、岡田さんの現役時代の打撃成績をご紹介しましょう。

  • 1980年(阪神タイガース)
    109安打 打率2割9分 18本塁打 54打点 4盗塁(19二塁打 0三塁打 44得点 四球23 敬遠6 出塁率3割3分6厘 長打率4割8分4厘)で、新人王
  • 1981年(阪神タイガース)
    140安打 打率2割8分9厘 20本塁打 76打点 1盗塁(23二塁打 3三塁打 70得点 四球28 敬遠3 出塁率3割3分1厘 長打率4割7分2厘)
  • 1982年(阪神タイガース)
    140安打 打率3割 14本塁打 69打点 10盗塁(22二塁打 1三塁打 57得点 四球44 敬遠12 出塁率3割6分2厘 長打率4割4分2厘)
  • 1983年(阪神タイガース)
    71安打 打率2割8分9厘 18本塁打 44打点 7盗塁(9二塁打 0三塁打 44得点 四球36 敬遠5 出塁率3割7分5厘 長打率5割4分5厘)
  • 1984年(阪神タイガース)
    96安打 打率2割9分7厘 15本塁打 51打点 3盗塁(14二塁打 2三塁打 38得点 四球33 敬遠4 出塁率3割6分1厘 長打率4割9分2厘)
  • 1985年(阪神タイガース)
    157安打 打率3割4分2厘 35本塁打 101打点 7盗塁(24二塁打 3三塁打 80得点 四球64 敬遠3 出塁率4割2分1厘 長打率6割3分6厘)
  • 1986年(阪神タイガース)
    127安打 打率2割6分8厘 26本塁打 70打点 11盗塁(21二塁打 0三塁打 67得点 四球70 敬遠5 出塁率3割6分3厘 長打率4割7分7厘)
  • 1987年(阪神タイガース)
    121安打 打率2割5分5厘 14本塁打 58打点 5盗塁(24二塁打 3三塁打 54得点 四球40 敬遠2 出塁率3割1分5厘 長打率4割7厘)
  • 1988年(阪神タイガース)
    121安打 打率2割6分7厘 23本塁打 72打点 10盗塁(22二塁打 1三塁打 65得点 四球63 敬遠6 出塁率3割5分5厘 長打率4割7分1厘)
  • 1989年(阪神タイガース)
    138安打 打率2割8分 24本塁打 76打点 8盗塁(20二塁打 1三塁打 66得点 四球57 敬遠3 出塁率3割5分2厘 長打率4割7分2厘)
  • 1990年(阪神タイガース)
    129安打 打率2割6分5厘 20本塁打 75打点 7盗塁(27二塁打 0三塁打 75得点 四球74 敬遠5 出塁率3割6分8厘 長打率4割4分4厘)
  • 1991年(阪神タイガース)
    92安打 打率2割4分 15本塁打 50打点 1盗塁(11二塁打 0三塁打 45得点 四球40 敬遠3 出塁率3割1分3厘 長打率3割8分6厘)
  • 1992年(阪神タイガース)
    35安打 打率1割8分9厘 2本塁打 19打点 1盗塁(11二塁打 0三塁打 9得点 四球22 敬遠1 出塁率2割7分8厘 長打率2割8分1厘)
  • 1993年(阪神タイガース)
    9安打 打率1割7分 1本塁打 7打点 0盗塁(1二塁打 0三塁打 2得点 四球9 敬遠1 出塁率2割9分 長打率2割4分5厘)
  • 1994年(オリックスバファローズ)
    28安打 打率2割7分7厘 2本塁打 12打点 1盗塁(3二塁打 0三塁打 10得点 四球14 敬遠0 出塁率3割6分8厘 長打率3割6分6厘)
  • 1995年(オリックスバファローズ)
    7安打 打率1割7分9厘 0本塁打 2打点 0盗塁(0二塁打 0三塁打 3得点 四球7 敬遠0 出塁率3割4厘 長打率1割7分9厘)

と、現役生活16年1639試合で(阪神タイガース、オリックスバファローズ)、通算1520安打 打率2割7分7厘 247本塁打 836打点 76盗塁(251二塁打 14三塁打 729得点 624四球 敬遠59 出塁率3割5分1厘 長打率4割6分2厘)という成績を残しています。

新人王、ベストナインなどを受賞

そんな岡田さんは、

  • 新人王(1980年)
  • ベストナイン1回(二塁手部門 1985年)
  • ダイヤモンドグラブ賞1回(二塁手部門 1985年)
  • 月間MVP2回(1985年8月、野手部門 1989年6月)
  • オールスターゲームMVP2回(1980年第1戦、1988年第2戦)※オールスターゲームには8回出場(1980-1982年、1985年、1986年、1988-1990年)
  • セ・リーグ最優秀監督賞1回(2005年)
  • ベスト・プラウド・ファーザー賞 in 関西(2013年)

などの賞も受賞しています。

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背番号

岡田さんの背番号は、

  • 16(阪神タイガース 1980-1993年)
  • 10(オリックスバファローズ 1994-1995年)
  • 85(オリックスバファローズ 1996-1997年)
  • 80(阪神タイガース 1998-2008年、オリックスバファローズ 2010-2012年、阪神タイガース 2023年-)

と、現役時代、阪神タイガースではずっと「16」だったのですが、

実は、幼少期、当時のタイガースの正三塁手だった三宅秀史選手とキャッチボールをし、それ以来、三宅選手に憧れを抱いていたそうで、

岡田さんは、

(阪神)入団時に背番号を提示され、オレは迷わず「16」にした。いまではそれでよかったと思っているよ

と、阪神に入団した際、かつて三宅選手が着用していた背番号「16」を希望したことを明かしています。

ちなみに、町内の大人の野球チームでプレーしていた時は、お父さんの影響で「阪神命」だった岡田さんは、阪神の「二代目ミスタータイガース」と呼ばれた村山実さんと同じ背番号「11」をつけていたそうです。

(小学生時代は、友達のほとんどが、王貞治さんの「1」か長嶋茂雄さんの「3」をつけていたそうです)

また、リトルリーグ時代は「5」、北陽高校では投手だったため、エース番号の「1」、早稲田大学進学後は、1年生のデビュー戦は「25」、2年、3年生の時は「3」、4年生の時は主将になり、キャプテン番号の「10」だったそうです。

「岡田彰布は二軍助監督兼打撃コーチとして阪神に復帰していた!」に続く

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