白井晃の若い頃は?嫁は高畑淳子?子供は?秋山菜津子と再婚!

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三谷幸喜作品の常連俳優としてお茶の間で人気を博し、朝の連続テレビ小説「マッサン」「天皇の料理番」など、話題のテレビドラマにも数多く出演されている、白井晃(しらい あきら)さん。実は、若い頃から、演出家としてもその才能を発揮されています。

年齢は?出身は?身長は?本名は?

白井さんは、1957年5月21日生まれ、
大阪府のご出身(京都府生まれ)、

身長174センチ、

血液型はO型、

学歴は、
大阪府立天王寺高等学校
⇒立命館大学文学部
⇒早稲田大学教育学部卒業

趣味は、
ジャズ シャンソン 、

ちなみに、
白井晃は本名です。

若い頃は~再受験して早稲田大学演劇研究会に入部

白井さんは、お父さんがクラシック音楽と映画が好きだったため、
5歳の時、お父さんの勧めでピアノとオルガンを習い始めると、
将来は音楽の道に進もうと思うようになったのですが、
中学3年生の時、コンクールで失敗したことが原因でやめてしまいます。

その後、高校時代には、(やはりお父さんの影響からか映画が好きで)
学校をさぼってよく映画館(汚い「名画座」)へ行き、
黒澤明監督や小津安二郎監督作品を観ていたそうですが、

高校卒業後の浪人時代、アンダーグラウンドなお芝居ばかりが上演される、
京都大学の西部講堂に、なんとなくお芝居を観に行かれると、

それまで、演劇というのは、きれいな劇場でやっているものと思い、
あまり興味がなかったものが、このお芝居をきっかけに、
テントや廃校、能楽堂での演劇があることを知って、
これまでの固定観念が吹き飛ばされ、すっかり演劇に魅せられてしまいます。

こうして、白井さんは、その後、
立命館大学に入学し、演劇活動を始められるのですが、

今度は、西部講堂で早稲田大学の「演劇研究会」のステージを観劇すると、
同世代でありながら、そのレベルの高さに猛烈なショックを受けたそうで、
(他のアングラ劇団はハチャメチャだったとか)

なんと、浪人までして入った立命館大学から、
早稲田大学に行くことを決意。

翌年、「演劇研究会」に入りたい一心で、早稲田大学を受験されると、
見事合格し、念願の早稲田大学「演劇研究会」に晴れて入部。
ここで演劇に没頭する日々を送ることとなったのでした。

劇団「遊◎機械/全自動シアター」を結成し作&演出も

そして、大学卒業後の1983年には、「電通PRセンター」
(現・電通パブリックリレーションズ)に勤務しながら、
「演劇研究会」で一緒だった高泉淳子さんらとともに、
劇団「遊◎機械/全自動シアター」を結成し、

翌年の1984年3月には(27歳)、
旗揚げ公演「忘れ標識、誰が僕」を上演。

その後も、俳優兼作家・演出家として、
家族をテーマにした喜劇や音楽劇を数多く創作されると、

1986年、29歳の時には、第5公演
「僕の時間の深呼吸・ぼくは夜中に台所でこっそり懐中時計を呑みこんだ」
が好評を博して、一躍注目を浴び、

ついに、翌年の1987年、30歳で会社をやめ、
以降は演劇1本で、俳優・演出家として活動されたのでした。

(ちなみに会社員時代には、劇団で会場を抑えていた日に、
 海外出張命令が出され、部長に頼み込んで、
 劇団での活動を優先したこともあったそうです)

「王様のレストラン」「オケピ!」ほか三谷幸喜作品に多数出演

その後、白井さんは、
小劇場のグループを紹介するという番組の、
放送作家をされていた三谷幸喜さんが、
若手のおもしろそうな劇団を4劇団選ぶ際、

白井さんの劇団「遊◎機械/全自動シアター」
のお芝居を観にきて、気に入られたことがきっかけで、
三谷さんとの交流が始まると、

以来、幾度となく、三谷さんから、
自分の劇団のお芝居に俳優として出て欲しいと、
声をかけられるも、

白井さんも自身の劇団での活動があったため、
なかなか出る機会がなかったのですが

7~8年経った頃、三谷さんから電話がかかってきて、
連続ドラマ「王様のレストラン」を制作するにあたり、

白井さんテレビとかって出ませんよね?

と、聞かれ、

出ない訳じゃ無いですけど、機会がなかったし、
自分の世界とは違うと思ってましたが。

と、答えられると、

でたらめなフランス語でメニュー読むの得意でしょう。

などと三谷さんに言われ、

確かにお芝居でそういう役をやっていたな、
と思われたことから、

1995年、「王様のレストラン」のソムリエ、
大庭金四郎役で出演されると、たちまちお茶の間の人気者に。


「王様のレストラン」より。(左から)小野武彦さん、
梶原善さん、白井さん、伊藤俊人さん。

実は、白井さんご本人は、自身の芝居を映像で見て、
あまりにも自分のイメージと違い、かなり落ち込んだそうですが、

これをきっかけに、俳優としての評価が高まり、
以降も三谷作品などを中心に数多くの映画・ドラマに
出演することとなったのでした。

また、2000年には、三谷さん初のミュージカル
「オケピ!」の初演で、サックス奏者を、


オケピ! The Orchestra Pit 2003 (PARCO劇場DVD)

再演の2003年には、主演のコンダクター役
真田広之さんの代わりとして)を演じられています。

(劇団「遊◎機械/全自動シアター」は、2002年10月、
「クラブ・オブ・アリス」公演をもって解散されています。)

嫁は高畑淳子?

そんな白井さんを、「高畑淳子」で、
多くの人が検索されているようです。

しかし、どうやら、元奥さんの「高泉淳子」さんと、
「高畑淳子」さんを勘違いして検索されているようです。

(白井さんは、劇団「遊◎機械/全自動シアター」
 ともに旗揚げされた、女優の高泉淳子さんと結婚され、
 その後、離婚されています。)

それもそのはず、お二人はたった一文字違い、
よく知らなかったら間違えてしまいそうです。


左が高泉淳子さん、右が高畑淳子さん。

再婚相手は秋山菜津子

そして、現在の奥さんですが、

白井さんは、2010年、
女優の秋山菜津子さんと再婚されています。

ちなみに、高泉さん同様、秋山さんとの馴れ初めなど、
詳しいことは分かりませんでしたが、
お子さんはいらっしゃらないようです。

さて、いかがでしたでしょうか?

かつて、大学浪人時代に、
初めて京都大学でお芝居を観た時のことを、

そういうのを見て、目から鱗だったわけです。
俄然、演劇に魅せられていきました。

自分ひとりでは何も出来ないと思って、
一体自分に何が出来るのだろうと悩んでいる時に、
演劇はいろんな人々の力が集まってできるもので、
自分もその一要素になれるのでは、そう思わされましてね。

とおっしゃっていた白井さんですが、

2016年には、「KAAT神奈川芸術劇場」の芸術監督に就任され、
まだまだ、その情熱は健在のようですね。

これからも、俳優として演出家として、
白井さんからは目が離せません!!

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