1976年、高校2年生の時、資生堂のキャンペーンモデルに抜擢され、一躍脚光を浴びると、高校卒業後は女優に転身し、テレビドラマ「沿線地図」や映画「風の歌を聴け」などで独特の輝きを放ち、人気を博した、真行寺君枝(しんぎょうじ きみえ)さん。

今回は、そんな真行寺君枝さんの、若い頃(資生堂キャンペーンモデル以降)から現在までの、出演作品(映画、テレビドラマ)や著書・写真集ほか経歴を時系列でご紹介します。

真行寺君枝

「真行寺君枝の生い立ちは?中1でポーラ化粧品のCF!高1で西武百貨店のモデル!」からの続き

Sponsored Link

真行寺君枝は高2の時に資生堂「ゆれる、まなざし」のキャンペーンモデルに選ばれていた

1975年、高校1年生(16歳)の時、西武百貨店のモデルを務めた真行寺君枝さんは、1年後の1976年、高校2年生の時には、資生堂のキャンペーンモデルのオーディションを受けると、見事合格し、

資生堂「ゆれる、まなざし」のキャンペーンモデルとして、一躍、脚光を浴びているのですが、

当時、資生堂の秋のプロモーション用の広告撮影を担当した十文字美信さんは、

資生堂秋のキャンペーンは、同社にとって最も重要な広告と言ってもいいだろう。化粧品各社とも秋のシーズンはメイキャップに力を注ぐからだ。まず、その年のモデルを決めなければならない。

アートディレクターの鬼澤邦さん、コピーライターの小野田隆雄さんと一緒にモデルオーディションを行った結果、ある一人の女性に注目が集まった。真行寺君枝さんといい、当時まだ16歳だった。

オーディションの会場でも一人だけ縫いぐるみのリュックを背負い、物静かな雰囲気を纏っていた。彼女の視線は他の誰も持っていない強い魅力と深さがあった。

われわれグラフィックチームは真行寺君枝さんを推したが、資生堂宣伝部としての見解は、秋のキャンペーンモデルを彼女と決定するには若過ぎないか、だった。

今は幼さも感じる若さが目立っているが、撮影になれば年齢を超えた魅力を発する予感があった。真行寺さんの視線の強さと新鮮さは「撮ればわかる」自信があった。検討の末、現場チームの意見を尊重する、となり、真行寺君枝さんに決定した。

と、語っており、

いかに真行寺君枝さんの魅力が飛び抜けていたことが分かります。

(ちなみに、当時、資生堂とカネボウによるプロモーション合戦は、社会現象を巻き起こすほどの激化を見せていたそうで、資生堂は、この広告の制作に当時の常識を覆す3億円という巨額の費用を投じていたといいます)

真行寺君枝
資生堂「ゆれる、まなざし」キャンペーンモデル時代の真行寺君枝さん。

真行寺君枝は19歳の時に森谷司郎監督作品「聖職の碑」で女優デビュー

その後、真行寺君枝さんは、身長が156センチと、モデルとしては小柄だったことから、高校卒業後は、モデルではなく女優としての道を進み、

1978年、19歳の時、森谷司郎監督作品「聖職の碑」で女優デビューすると、

(ただ、飛び入り参加でセリフもなかったそうです)

同年、テレビドラマ「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」にも、体調不良により降板した高橋洋子さんの代役として出演するほか、「女の遺産」「悪の紋章」などにも出演しています。

真行寺君枝は20歳の時に山田太一脚本ドラマ「沿線地図」で岸恵子の娘役に抜擢され知名度を高めていた

そして、1979年、20歳の時には、山田太一さん脚本のテレビドラマ「沿線地図」で、主人公・藤森麻子(岸惠子さん)の娘・道子役に抜擢されると、

通学の電車の中で知り合った青年と恋に落ち、家出して同棲し、妊娠するという衝撃的な役どころを演じ、たちまち知名度を高めており、

真行寺君枝さんは、当時、

山田(太一)さんに言われたんです。人は涙とか愛とか大切なものをいつかどこかに忘れて来てるんじゃないかって。

同棲とか妊娠とか単に表面的に捉えるだけでなく、人が一生懸命生きて、何かを生もうと、必死になっている姿を見つめてほしいと。

私、とっても感動したんです。自分から素直になってもっと道子のことを分かってあげよう。人を軽々しく判断してはいけない。道子は道子なりに強く生きているんだって。

と、語るほか、

こんな大役を任せられるなんて、光栄で胸がいっぱい。ラッキーですよね。このチャンスをフルに活かして、私ならでは、という存在感ある女優を目指します。

と語り、意気込みを語っています。

真行寺君枝は21歳の時に「アサヒ ミニ樽」のCMでお茶の間で人気を博していた

そんな真行寺君枝さんは、その後も着実に女優としてキャリアを重ねると、1980年、21歳の時には、アサヒビール「アサヒ ミニ樽」のCMに出演すると、その透明感あふれる美貌でお茶の間の人気を博し、以降、2年間に渡り、「ミニ樽」のCMに出演しているのですが、

真行寺君枝さんは、

共演は風間杜夫さん、柄本明さん、たこ八郎さんでした。当初はコント風でしたが、翌年には平田満さんらも参加し、それまでのCMの常識を覆すような、青春ドラマ仕立てになったんです。実際に、現場は映画の撮影みたいで、熱気がありました

と、語っています。

真行寺君枝
アサヒ「ミニ樽」のCMより。

真行寺君枝は22歳の時に大森一樹監督作品「風の歌を聴け」でヒロインに抜擢されていた

そして、1981年、22歳の時には、村上春樹さんの同名小説(デビュー作)を原作とする大森一樹監督作品「風の歌を聴け」で、ヒロインに抜擢されており、

真行寺君枝さんは、

私の代表作。大変な低バジェット(低予算)でしたが、あれほど楽しかった撮影は後にも先にもこの1本に尽きます。

と、語っています。

(大森一樹監督は、ビーチボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」を映画のタイトルバッグに使ったそうですが、楽曲使用料が数百万円もかかってしまい、それが制作費を圧迫したのだそうです)

「風の歌を聴け」
「風の歌を聴け」より。小林薫さんと真行寺君枝さん。

真行寺君枝は20代前半の頃には「階段の上の暗がり」「クリスティーヌ・その愛のかたち」「美しきものの伝説」など舞台にも出演していた

その後、真行寺君枝さんは、1980年代前半には、「階段の上の暗がり」で八千草薫さんの娘役で初舞台を踏むと、次作「クリスティーヌ・その愛のかたち」では、舞台初主演を務めるほか、

風間杜夫さん主演の舞台「美しきものの伝説」にも出演すると、風間杜夫さん演じる無政府主義者で作家の大杉栄の内縁の妻役を演じています。

(風間杜夫さんとは、アサヒビール「アサヒ ミニ樽」のCMでの共演以降、交流があったそうですが、「クリスティーヌ・その愛のかたち」での演技を観て感激し、誘ってくれたそうです)

真行寺君枝は24歳の時に結婚するとその後は女優業をセーブしていた

そんな中、1983年には、元「ザ・テンプターズ」のドラマーの大口広司さんと結婚すると、(仕事に忙殺される毎日に疲れていたことから)その後は、女優業をセーブし、長野県・伊那市にある標高1000mの廃村・芝平(シビラ)に家を借り、東京と芝平を往復する生活を送っていたそうで、

真行寺君枝さんは、

標高1000mの家は、今にもクルマが落ちそうな細い坂道を登っていかなければ辿り着けず、一番近い店はクルマで20分以上走らなければなかったため、芝平に行くときはクルマに1週間分の食料を積んで滞在していました。

思う存分、自然に触れたかったので、あえて電話もテレビも時計すらも置きませんでした。そして、東京に戻ってからも、仕事に疲れたら、また満月を見に芝平に向かう──そんな生活でした。

と、語っています。

真行寺君枝は38歳の時にヘアヌード写真集「Made in Love」を出版していた

しかし、結婚の翌年の1984年には、夫の大口広司さんが、大麻所持の容疑で逮捕されて有罪判決(執行猶予付き)を受けてしまいます。

そこで、真行寺君枝さんが資金援助を行い、大口広司さんは服飾会社「プラクティス・オブ・サイレンス」を設立したそうですが・・・

この会社も1991年に倒産。

この影響により、真行寺君枝さんは、本格的に女優復帰したそうで、1997年には、大口広司さんがカメラマンを務めたヘアヌード写真集「Made in Love」も出版しています。

(ただ、大口広司さんとは2005年に離婚しています)

「Made in Love」
「Made in Love」

真行寺君枝の現在は?

以降、真行寺君枝さんは、舞台を中心に、テレビドラマや映画に出演しており、近年は、映画「明日の食卓」(2021年)、Vシネマ「CONNECT-覇者への道-」(2024年)などに出演しています。

また、現在は、SNSやブログを通じて、日々の思いや活動を投稿するなど、女優としての活動に加え、日々の暮らしを慈しむクリエイティブな活動を行っており、

YouTubeチャンネル「KIMIÉ SHINGYOJI」では、美容、ファッション、料理など、現在(60代)のライフスタイルを公開しています。

真行寺君枝の出演作品(映画)

それでは、最後に、真行寺君枝さんの出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

真行寺君枝の出演作品(テレビドラマ)

テレビドラマでは、

  • 1978年「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」
    「必殺からくり人」
    「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」より。
  • 1979年「必殺仕事人」第17話
  • 1979年「沿線地図」
    「沿線地図」
    「沿線地図」より。広岡瞬さんと真行寺君枝さん。
  • 1979年「俺たちは天使だ!」第18回
  • 1980年「われら行動派!」第6話
  • 1980年 土曜ワイド劇場「京都殺人案内(2)呪われた婚約」
  • 1980年「雪国 純白の雪と湯煙りに燃える恋!」
  • 1980年「四季・奈津子」
  • 1981年「加山雄三のブラック・ジャック」第8回
  • 1981年「傑作推理劇場 ガラスの階段」
  • 1981年「キッド」
  • 1981~1982年「はまなすの花が咲いたら」
  • 1982年「男たちの旅路 スペシャル 戦場は遙かになりて」
  • 1982年「立花登・青春手控え」第15話
  • 1982年 銀河テレビ小説「半分正しい」
  • 1983年 土曜ワイド劇場「死美人ホテル」
  • 1984年「青春スクランブル」
  • 1984年「烙印の女たち」
  • 1984年「日本の面影」
  • 1984年「流れ星佐吉」第19話
  • 1985年 土曜ワイド劇場「奥飛騨二重心中」
  • 1985年「忠臣蔵」
  • 1990年「風流太平記 密命」
  • 1991年「華心中」※主演
  • 1991年「青春の門」
  • 1991年「世にも奇妙な物語 笑う女」
  • 1992年「愛という名のもとに」
  • 1992年「はぐれ刑事純情派」第5シリーズ 第4話
  • 1992年「インスマスを覆う影」
  • 1994年「江戸の用心棒」第19話
  • 1995年「金田一少年の事件簿 首なし村殺人事件」
  • 1995年「拝啓自治会長殿」
  • 1997年 土曜ワイド劇場 「美人エステティシャン殺し」
  • 1997年「恋、した。」第17話
  • 1998年「鬼平犯科帳」第8シリーズ 第6話
  • 1999年「君といた未来のために~I’ll be back~」
  • 2000年「次郎長三国志」
  • 2000年「君が教えてくれたこと」
  • 2000年「南町奉行事件帖 怒れ!求馬II」第17話
  • 2000年「柳橋慕情」第2話
  • 2001年 火曜サスペンス劇場 「小京都ミステリー(29) 郡上おどり殺人事件」
  • 2001年「獅子女」
  • 2001年「江戸小紋殺人事件」
    「江戸小紋殺人事件」
    「江戸小紋殺人事件」より。
  • 2002年「京都喰い道楽 古本屋探偵ミステリー・井原西鶴伝説 好色一代男に秘められた謎」
  • 2003年「弁護士・猪狩文助(5) 二つの遺言書」
  • 2003年「フジ子・ヘミングの軌跡」
  • 2004年「税理士楠銀平の事件帳簿(2) 領収書は語る」
  • 2004年「ミステリー民俗学者 八雲樹」第10話
  • 2005年 土曜ワイド劇場「鉄道捜査官(5)」
  • 2005年「京都地検の女2」第6話
  • 2010年「ハンチョウ~神南署安積班~シリーズ3」第10話
  • 2013年「35歳の高校生」第6話
  • 2013年「黒猫、ときどき花屋」第6話
  • 2015年「花燃ゆ」第31話
  • 2015年「昔話法廷」第3話
  • 2015年「それでも僕は君が好き」

などに、出演しています。

Sponsored Link

真行寺君枝の著書・写真集

また、真行寺君枝さんは、

など、著書や写真集も出版しています。

「真行寺君枝の前夫・大口広司との離婚理由は?子供(息子)は弦人!再婚は?」に続く

お読みいただきありがとうございました

Sponsored Link