俳優転身後、数年は苦しい時期を過ごすも、やがてチャンスをものにし、俳優としても才能を開花した、岸部一徳(きしべ いっとく)さん。
そんな岸部一徳さんは、苦しい時期を奥さんと共に乗り越えたといいますが、2013年には、奥さんがマンションの住人とトラブルを起こし、民事裁判で賠償命令を下されていたことが報じられました。
今回は、岸部一徳さんの奥さんとの馴れ初め、マンション住人とのトラブル、その後の奥さんとの関係(夫婦仲)、子供などについてご紹介します。

岸部一徳の妻との馴れ初めは?
岸部一徳さんは、ミュージシャン(ベーシスト)から俳優に転身しようとしていた頃に、一般女性と結婚したそうです。
岸部一徳さんと奥さんは、六本木にあるバーのカウンターで知り合うと、その後、交際に発展し結婚に至ったそうで、奥さんは、俳優転身当初なかなか仕事に恵まれなかった岸部一徳さんを支えていたといいますが・・・
岸部一徳の妻はマンション住人に罵声を浴びせていた
2013年には、そんな奥さん(A子)が、同じマンションに住む住人とトラブルになっていたことが、「女性セブン」で報じられました。
「女性セブン」によると、2010年、同じマンションに住むB美さんの娘C代さんが泊りがけで遊びに来た際、来客用の駐車スペースに車を停めようとしたところ、A子さんの車が停めてあったそうで、
A子さんの部屋に行き、車を動かしてくれるよう頼むと、その時は、A子さんは、「分かりました」と言って、すんなりと車を動かしてくれたそうですが、
翌日、C代さんの車には、引っ掻いたような傷がいくつもつけられていたうえ、「死ね!」「バカヤロー!」と書かれた紙がいくつも貼られてあったそうで、
C代さんは、A子さんの仕業かと思ったそうですが、それでも何の証拠もないことから黙っていたそうです。
ただ、A子さんは、会う度に、
私はやっていないわよ!
と、言ってくるようになり、
やがては、マンションの通路や入口で顔を合わせるたびに、
死ね!ブス!
いつまで住んでんだ! バカ!
などの罵声を浴びせてくるようになったというのです。
岸部一徳の妻はマンション住人にわざと車を当てていた?
そんな状況に、B美さんは、娘(C代さん)や孫に危害を加えられる前に事態を改善しようと、A子さんと話し合おうとしたそうで、2010年7月16日には、車で帰ってきたA子さんに、
岸部一徳さん、お話があります
と、二度、声をかけたそうですが、
A子さんは明らかに気づいていたにもかかわらず無視し、そのまま車を前進させてきたそうで、
B美さんは慌てて避けようとしたそうですが、避けきれずに車のバンパーが膝に当たったといいます。
そんな中、B美さんは痛みと恐怖におののいていたそうですが、
A子さんはというと、なんと、
ヤクザみたいなことしやがって、このやろう!
と言って、部屋に帰っていってしまったのだそうです。
岸部一徳の妻は裁判で賠償命令が下されていた
そこで、B美さんがすぐに110番通報すると、かねてからA子さんの一連の言動を警察に相談していたため、駆けつけた警察官と一緒に岸部宅を訪れたそうですが、A子さんは事情聴取に応じなかったそうで、
警察は、
刑事事件として扱う
と、言ったそうですが、なかなか捜査は進展しなかったそうで、
B美さんが、被害届けを取り下げて、治療費と慰謝料合わせて約500万円を求め、民事訴訟を起こすと(翌年の2011年3月)、裁判では、B美さんの主張が認められ、A子さんに対して23万円を支払う賠償命令が下されたのだそうです。
(A子さんは、この判決に納得できず控訴したそうですが、同年10月19日には棄却され判決が確定したそうです)
岸部一徳は妻と別居中
ちなみに、裁判が始まった頃、「週刊女性」がその様子を報じ、岸部一徳さんにインタビューすると、
岸部一徳さんは、
家内が車を出そうとしたら、先方が出てきて「当たった、当たった」と
と、A子さんをかばう発言をしていたのですが、
岸部一徳さんは、その後まもなく、マンションから逃げるように出ていったそうで、
岸部一徳さん夫妻を知る某芸能関係者は、
あそこの夫婦げんかはものすごいですよ。岸部一徳さんが奥さんを外に放り出した時は、一晩中奥さんがドアを蹴飛ばしながら”開けろ、コノヤロー!死ねー!”って怒鳴り散らしたり、
そうかと思えば、夜中に岸部一徳さんがマンションのゴミ捨て場の中でじっと隠れていたこともありました
あの夫婦は六本木にあるバーのカウンターで偶然出会って結婚したんですが、当時の岸部一徳さんは「ザ・タイガース」を解散して、音楽活動から身を引き、俳優に転身しようとしていた頃でした。
仕事に恵まれず、生活的にも苦しい中、3人の子供を育ててくれた糟糠の妻ですから、最初はかばおうとしたんだと思います。でも、もういい加減耐えられなくなったんでしょうね。
ご近所トラブルからも妻からも逃げ出したんでしょう。今回、判決が出て、賠償命令が出たことで離婚も決意されたそうですよ。
と、明かしています。
その後、「女性セブン」の記者が、真相を確かめるべく、岸部一徳さんの所属事務所に取材を申し込んだそうですが、事務所は、離婚について、否定も肯定もしなかったとのことでした。
(ただ、岸部一徳さん夫妻が別居しているのは確かのようです)
岸部一徳の子供は息子・岸部大輔ほか2人
そんな岸部一徳さんと奥さんの間には、3人の子供が誕生しているのですが、
そのうちの1人は、1979年に誕生した、岸部大輔さんで、バンド「パウンチホイール」でボーカルとベースを担当し、
2007年頃からは、「advantage Lucy」のサポートベーシストとしても活動しています。
また、俳優としても、テレビドラマ「医龍-Team Medical Dragon-」の第2シリーズ(2007)と第4シリーズ(2014)にゲスト出演し、お父さんの岸部一徳さん演じる野口賢雄役の若い頃を演じると、

「医龍-Team Medical Dragon-(第4シリーズ)」出演時の岸部大輔さん。
2008年には、映画「GSワンダーランド」、2012年には、テレビドラマ「カエルの王女さま」でも親子出演(共演シーンはなし)しており、親子の仲は良いようです。
(あとの2人の子供については、1人は娘のようですが、もう1人は性別も分かっていません)
さて、いかがでしたでしょうか。
岸部一徳さんの、
- 岸部一徳の生い立ちは?幼少期は?18歳の時からバンドで人気を博していた!
- 岸部一徳のプロフィール
- 岸部一徳の本名は?芸名の由来は?
- 岸部一徳の少年時代は父親が遊び人のため貧乏生活だった
- 岸部一徳は中学の時から瞳みのると親交し高校からは森本太郎と加橋かつみも合わせ4人で遊んでいた
- 岸部一徳は18歳の時にバンド「サリーとプレイボーイズ」を結成しベーシストとして活動を始めていた
- 岸部一徳の若い頃は沢田研二らとファニーズでベースとして活動していた!
- 沢田研二をスカウトし「サリーとプレイボーイズ」から「ファニーズ」へ改名
- ジャズ喫茶「ナンバ一番」の専属オーディションに合格
- 「ファニーズ」で「全関西エレキバンドコンテスト」優勝
- 和田アキ子も「ファニーズ」のファンだった
- 岸部一徳はファニーズとして内田裕也にスカウトされ東京進出していた!
- 大阪・西成区の「明月荘」で5人の共同生活を始める
- 「ザ・スパイダース」の田辺昭知に東京進出を進められるも・・・
- 内田裕也に声をかけられる
- 「渡辺プロダクション」のオーディションに合格
- 岸部一徳は昔「ザ・タイガース」で「シーサイド・バウンド」が大ヒット!
- 東京へ出発
- 「ひかり」と間違えて「こだま」に乗っていた
- 「ザ・タイガース」に改名させられる
- 「シーサイド・バウンド」が大ヒット
- 岸部一徳や沢田研二らを支えた「もう一人のタイガース」とは?
- メンバーの活動を支えたもう一人の「ザ・タイガース」
- スパルタ式の特訓
- 引っ越しを考えるようになる
- 岸部一徳は「ザ・タイガース」ではメンバー間の争いの緩衝材だった!
- 加橋かつみが浮いた存在になっていく
- 加橋かつみが不満を募らせていく
- 加橋かつみと沢田研二が不仲に
- 岸部一徳はメンバーの聞き役に徹していた
- 岸部一徳は瞳みのるの失踪を思いとどまらせていた!
- 加橋かつみが「渡辺プロダクション」に脱退申し入れ
- 人気絶頂期に加橋かつみが失踪
- 加橋かつみの失踪は「渡辺プロダクション」が仕組んだ「脱退劇」だった
- 岸部一徳の必死の説得で瞳みのるは失踪を思いとどまる
- 岸部一徳は沢田研二を誘い萩原健一らと「PYG」を結成していた!
- 「ザ・タイガース」が沢田研二のバックバンド化
- 「ザ・タイガース」が解散
- 沢田研二を誘い萩原健一らと「PYG」結成
- 沢田研二は事務所に優遇されるもバンドにこだわって解散に反対していた
- 岸部一徳は「PYG」では石や空き缶を投げつけられていた!
- 本格的なロックを目指すもまたもや「渡辺プロダクション」所属に
- ライブ中に沢田研二と萩原健一のファンが互いに嫌がらせの応酬
- 硬派なロックファンから猛烈なバッシングを浴びる
- 岸部一徳は若い頃ベースをレッドツェッペリンのベーシストに絶賛されていた!
- 「PYG」として活動
- 「PYG」が解散(自然消滅)
- 「井上堯之バンド」として活動するもミュージシャンを廃業
- 「レッド・ツェッペリン」のジョン・ポール・ジョーンズが岸部一徳のベースを絶賛
- 岸部一徳は俳優転身後は樹木希林の事務所に所属していた!
- 俳優へ転身し樹木希林の事務所に所属
- 市川崑監督にも重宝される
- 映画「死の棘」で「日本アカデミー賞最優秀主演男優賞」を受賞
- 樹木希林に大きな影響を受けていた
- 個性派俳優として活躍
- 岸部一徳に出演オファーが殺到する理由とは?
- 「しんがり~山一證券 最後の聖戦~」では有原泰蔵役
- 「ドクターX~外科医・大門未知子~」では米倉涼子の精神的支えに
- 岸部一徳の自然体の演技の秘訣は?
- 岸部一徳のデビューからの出演ドラマ映画を画像で!
- 出演作品(テレビドラマ)
- 出演作品(映画)
- 「日本アカデミー賞」主演男優賞&優秀助演男優賞を合計4度も受賞
- 岸部一徳は激しい頭痛で緊急入院していた!
- 脳神経外科に緊急入院していた
- かねてより体調不良が心配されていた
- 大事をとって2週間ほど入院していた
- 岸部一徳の弟・岸部四郎への兄弟愛が泣ける!
- 弟・岸部四郎は途中から「ザ・タイガース」のメンバーだった
- 弟・岸部四郎は俳優業・司会業で人気
- 弟・岸部四郎の闘病を支えていた
- 沢田研二のライブツアーに兄弟でゲスト出演
- 弟・岸部四郎が他界
- 弟・岸部四郎の才能を高く評価していた
- 岸部一徳の妻との馴れ初めは?夫婦仲は?子供は息子・岸部大輔ほか2人!
- 岸部一徳の妻との馴れ初めは?
- 岸部一徳の妻はマンション住人に罵声を浴びせていた
- 岸部一徳の妻はマンション住人にわざと車を当てていた?
- 岸部一徳の妻は裁判で賠償命令が下されていた
- 岸部一徳は妻と別居中
- 岸部一徳の子供は息子・岸部大輔ほか2人
について、ご紹介しました。
バンド時代は、ベーシストとして世界で活躍する「レッド・ツェッペリン」のジョン・ポール・ジョーンズさんから絶賛される腕を持ちながら、そのレベルの高さが当時の日本人には理解できなかったのか、常に沢田研二さんのバックバンドという立ち位置だった岸部一徳さん。
それは、岸部一徳さんの謙虚な人柄がそうさせたのかもしれませんが、俳優業に転身してからはその魅力が炸裂しており、70代という高齢ですが、まだまだ、活躍を続けてほしいものです。
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