「スイング・ウエスト」などの活動を経て、日本最大級の芸能プロダクション「ホリプロ」を創設し、舟木一夫さん、山口百恵さん、和田アキ子さんほか数多くのスターを育て上げ、タレントの発掘から育成、多角的な権利ビジネスまで、現代芸能界の仕組みを確立した、堀威夫(ほり たけお)さん。
そんな堀威夫さんのプライベートはどのようなものだったのでしょうか。
今回は、堀威夫さんの奥さんとのエピソードや、子供(息子)についてご紹介します。

「堀威夫が人気絶頂の山口百恵の結婚&引退を快諾した理由とは?」からの続き
堀威夫の妻は?
堀威夫さんは、1957年5月11日、百合子さんという女性と結婚しています。
堀威夫さんと百合子さんの馴れ初めは不明ですが、大学卒業後、定職に就いて結婚するつもりだったところ、バンド「スイング・ウエスト」の結成に忙しかったことから、
結局、大学を卒業して2年後、「スイング・ウエスト」のデビューから2ヶ月後となった1957年5月11に、横浜のホテルニューグランドで披露宴を行ったそうです。
ちなみに、交際中は、バンドマンだった堀威夫さんとの結婚に、百合子さんのお父さんは反対したそうですが、結婚が決まり、山口県・下関の百合子さんの実家に挨拶に行った際には、お父さんは、諦めたのか、全く反対されなかったそうです。
(当時は、バンドマンというと、ヤクザと大して変わらないような印象だったそうです)
堀威夫は新婚時代に妻・百合子に苦労をかけていた
堀威夫さんと百合子さんは、新婚時代は、横浜の篠原町にある堀威夫さんの両親の家で同居していたそうですが、お母さんは寝たきり、しかも、父方と母方の双方の祖母がいるという環境だったといいます。
また、ほどなくして、東京の麻布笄(こうがい)町に、家を借りて移り住んだそうですが、ここでも、六畳二間と板の間が一つあるだけの家にもかかわらず、バンド「スイング・ウエスト」の歌手と同居し、
そのうえ、メンバーが練習に来るほか、クレイジーキャッツのハナ肇さんらが、しばしば夕食を食べに来ていたそうで、
堀威夫さんは、百合子さんに随分と苦労をかけたと思っているそうです。

堀威夫さんと妻の百合子さん。
堀威夫は困窮のため妻・百合子ともめごとが絶えなかった
また、堀威夫さんは、1960年秋の終わり頃、「堀プロダクション」を設立しているのですが、1962年に、スターとなる舟木一夫さんを発掘するまでは、経済的にとても困窮していたそうで、
1961年の年明け早々には、税金の滞納により、堀威夫さんが留守の時に、税務署の係員が自宅に来て、動転する百合子さんの目の前でテレビと冷蔵庫に差し押さえの証である「赤紙」を貼られていたほか、
(ただ、この時は、係員の情からか、「競売にかけると手数料でかえって高くつく」という名目で、こっそりと封印をずらし、そのまま使えるようにしてもらったそうです)
当時、堀威夫さんは、所属歌手の守屋浩さんの地方巡業でなんとか食いつないでおり、社員の給料を捻出するために、高利貸しから借金を繰り返す日々で、膨らみ続ける金利のせいで、いくら働いても借金は減らなかったそうで、
そんな状況を知らない百合子さんは、
社長なのになぜ給料を持って帰ってこないの?
と、不審がり、
堀威夫さんは、
社長というのは、社員に配った最後に受け取るものなんだ
と、言うしかなく、
夫婦の間でもめごとが絶えなかったといいます。
堀威夫の妻・百合子の現在は?
そんな堀威夫さんの妻・百合子さんですが、2020年には、元サッカー選手の武田修宏さんが、自身のブログに、
「堀威夫さん夫妻との会食」とのタイトルで、堀威夫さんと百合子さんの3人で撮った写真をアップしていることから、百合子さんがお元気にされていることが分かります。

(左から)百合子さん、堀威夫さん、武田修宏さん。
堀威夫の子供は息子が2人
また、堀威夫さんは、百合子さんとの間に、男の子が2人誕生しています。
息子(長男)は堀一貴
堀威夫さんの長男は、「ホリプロ・エンターテインメント・グループ・インク(Horipro Entertainment Group, Inc.)」の社長の堀一貴(ほり かずたか)さんです。
ただ、堀威夫さんは、堀一貴さんについて、ほとんど語っていないようで、詳細は不明です。
ちなみに、堀威夫さんは、1989年、芸能プロダクション初の株式公開を果たしているのですが、そのきっかけとなったのは、堀一貴さんの、私立小学校入学時の保護者面接の時だったそうで、
堀威夫さんは、
親の職業を聞かれて、芸能プロをやってますと言った時、先生方の“顔色を変えちゃいけないと思っている時の顔”が忘れられなかった。社長の私でこれだから、社員はもっとつらい。なんとしても、芸能プロの社会的認知を得たいと思った
と、語っています。

(左から)百合子さん、一貴さん、堀威夫さん。
息子(次男)は堀義貴
堀威夫さんの次男は、1966年6月20日に誕生した、芸能プロモーターで、「ホリプロ」の代表取締役会長兼社長の堀義貴(ほり よしたか)さんです。
堀義貴さんは、1989年3月、成蹊大学法学部を卒業すると、同年4月、ニッポン放送に入社し、1993年4月には、ニッポン放送を退職すると、同年6月には、「ホリプロ」に入社し、2002年、36歳の時には、「ホリプロ」の代表取締役社長に就任しています。
ちなみに、堀義貴さんは、小学校に入る頃くらいまで、お父さんの仕事がよくわからなかったそうで、人から、お父さんの職業を聞かれると、「サラリーマン」と答えていたそうですが、
どうして家にはこんなにしょっちゅうタレントが来るんだろう
と、不思議に思っていたそうで、
堀義貴さんは、
あと「親父はどうしていつも家にいないのか」っていうのも不思議でした。夜中にゴソゴソっと帰ってきて明け方ゴソゴソっといなくなる感じだったんで。
今のマンションのはしりなんでしょうけど、赤坂のど真ん中に住んでたんですよ。夜はキャバレーもあるし、今はなくなりましたけど人力車が行き交ってましたからね。「夕方過ぎたら表に出ちゃダメだ」って言われてました。
と、特殊な環境で育ったことを明かしています。
さて、いかがでしたでしょうか。
堀威夫さんの、
- 堀威夫の家系図は?生い立ちは?大学でワゴンマスターズにスカウトされていた!
- 堀威夫のプロフィール
- 堀威夫が幼い頃は当初は裕福な家庭で何不自由なく育っていた
- 堀威夫の家系図
- 堀威夫は幼い頃に父親が副業で失敗して困窮し、母親が手に職をつけるため洋裁学校に通っていた
- 堀威夫は中学3年生の時にギターを始めていた
- 堀威夫は高2の時にハワイアンバンドを結成するも受験勉強のため高3の暮れにはやめていた
- 堀威夫は大学進学後に再びギターを始めていた
- 堀威夫は大学1年生の時に「ワゴン・マスターズ」に加入し米軍キャンプ巡りをしていた
- 堀威夫の若い頃はワゴンマスターズやスイングウエストでギタリスト!
- 堀威夫は伝統に従い大学卒業に伴って「ワゴン・マスターズ」を辞めていた
- 堀威夫は大学卒業後の22歳の時に新バンド結成にあたり田邊昭知にドラムをやるよう声をかけていた
- 堀威夫は22歳の時に新バンド「キャクタス・ワゴン」を結成していた
- 堀威夫は22歳頃に「キャクタス・ワゴン」から「ワゴン・マスターズ」に復帰していた
- 堀威夫はドラムの必要性を主張するも受け入れられず「ワゴン・マスターズ」を再び脱退していた
- 堀威夫は24歳の時に「堀威夫とスイング・ウエスト」を結成していた
- 堀威夫が若い頃は東洋企画でクーデターに遭い事務所を解雇されていた!
- 堀威夫は25歳頃「渡辺プロダクション」の副社長・渡辺美佐との間に亀裂が生じ始めていた
- 堀威夫は26歳の時に「渡辺プロダクション」から独立していた
- 堀威夫は28歳の時に「銀座ACB」の谷富次郎と「東洋企画株式会社」を設立していた
- 堀威夫は28歳の時にささきいさお、佐川満男、三根ヨシオらを発掘していた
- 堀威夫は27歳の時にプレイヤーとして現役を引退していた
- 堀威夫は28歳の時にクーデターに遭い「東洋企画」を解雇されていた
- 堀威夫は谷富次郎から恨みを買っていた
- 【画像】堀威夫の若い頃(ホリプロ設立以降)から現在までの経歴は?
- 堀威夫は28歳の時に「堀プロダクション(現・ホリプロ)」を設立していた
- 堀威夫は29歳の時に舟木一夫をスカウトして「堀プロダクション(現・ホリプロ)」を上昇気流に乗せていた
- 堀威夫は33歳の時に「ザ・スパイダース」の「夕陽が泣いている」が120万枚超の大ヒットとなり「ホリプロダクション(現・ホリプロ)」のピンチを乗り越えていた
- 堀威夫は39歳~40歳の時に「スター誕生!」で森昌子と山口百恵を獲得し大ブレイクさせていた
- 堀威夫は43歳の時に「ホリプロタレントスカウトキャラバン」を開始し榊原郁恵らを輩出していた
- 堀威夫の現在は?
- 堀威夫が人気絶頂の山口百恵の結婚&引退を快諾した理由とは?
- 堀威夫は「スター誕生!」で最も地味な山口百恵を獲得していた
- 堀威夫は桜田淳子の代わりに山口百恵を獲得していた
- 堀威夫は山口百恵を映画と歌で売り出していた
- 堀威夫は人気絶頂の山口百恵から引退を切り出されショックを受けるも引き止めず承諾していた
- 堀威夫は山口百恵の結婚式で父親代わりとしてバージンロードを歩いていた
- 堀威夫の妻は?結婚後の夫婦関係は?子供は息子が2人!
- 堀威夫の妻は?
- 堀威夫は新婚時代に妻・百合子に苦労をかけていた
- 堀威夫は困窮のため妻・百合子ともめごとが絶えなかった
- 堀威夫の妻・百合子の現在は?
- 堀威夫の子供は息子が2人
- 息子(長男)は堀一貴
- 息子(次男)は堀義貴
について、ご紹介しました。
「ホリプロ」を創業し、舟木一夫さん、「ザ・スパイダース」、森昌子さん、山口百恵さんら、数多くのスターを育て上げ、日本の芸能界を牽引してきた堀威夫さん。
そんな堀威夫さんも、90歳を回り、現在は第一線を退いているのですが、心身統一合氣道の稽古を続けるなど、元気な姿を見せており、まだまだ、変わらぬ存在感を放っています。
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芸能界がまだ世間に認められていなかった時代、芸能プロダクションを立ち上げ、山口百恵さん、和田アキ子さんら大物芸能人を数多く世に送り出し、日本のエンターテイメント業界を牽引してきた、堀威夫(ほり たけお)さん。 そんな堀威 …







