近年は、妻・紀子さんと、しばしば仲睦まじい姿を見せている、二代目松本白鸚(まつもと はくおう)さんですが、紀子さんとの間には、男の子が1人、女の子が2人誕生しています。今回は、そんな白鸚さんの子どもたちについてご紹介します。
「松本白鸚(2代目)の妻・藤間紀子が明かす現在の夫婦生活とは?」からの続き
長女は女優の松本紀保
白鸚さんは、妻・紀子さんの間に、3人の子ども(1男2女)が誕生しているそうで、長女は女優の松本紀保(まつもと きお)さんです。
長女の松本紀保さん。
1971年10月15日に誕生した紀保さんは、白百合学園小学校、白百合学園中学校・高等学校を経て、女子美術大学短期大学を卒業しているのですが、お父さんの白鸚さんの誘いで、舞台「リア王」のプロンプター(稽古の時などに台詞を付ける人)を手伝うと、お芝居に興味を持つようになったそうで、
(本人のインタビューでは「リア王」と言っていますが、所属事務所のプロフィールでは「オセロ」となっています)
1994年には、「チェンジリング」で初舞台を踏むと、以降、「ヴェリズモ・オペラをどうぞ!」「マトリョーシカ」「夏ホテル」「ヴァニティーズ」など、数多くの舞台に出演するほか、お父さん主演のミュージカル「アマデウス」「ラ・マンチャの男」などにも、演出補助として参加しているそうです。
また、プライベートでは、2012年6月26日、俳優の川原和久さんと結婚しています。
ちなみに、白鸚さんは、著書「私の履歴書」で、
ある時、紀保さんから、自身の演技を見て、
ただ興味本位になんでもやっているのと、なんでもやって、それができているのとでは大違いだということが分かった
と、言われたことがあったそうで、
役者幸四郎の生き方を冷静にしかも的確に見ていてくれたと心に響いた
と、綴っています。
長男は十代目松本幸四郎
1973年1月に誕生した長男の十代目松本幸四郎さんは、1978年12月、5歳の時、お父さんの白鸚さんが主演したNHK大河ドラマ「黄金の日日」の最終回で子役デビューすると、
翌1979年3月、6歳の時には、歌舞伎座 「侠客春雨傘」で三代目松本金太郎を襲名して初舞台を踏み、1981年10月、8歳の時には、 歌舞伎座 「仮名手本忠臣蔵」七段目の大星力弥役などで、七代目市川染五郎を襲名。
長男の十代目松本幸四郎さん。
12歳(小学6年生)の時には、「連獅子(れんじし)」、14歳の時には、シェークスピアの「ハムレット」と、どちらも史上最年少で出演すると、以降、歌舞伎の枠に収まらず、「アマデウス」でモーツァルト役、劇団☆新感線の舞台、テレビドラマ、映画と、歌舞伎以外の演劇でも幅広く活躍しています。
また、2018年1月2日には、歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」にて、お父さんが二代目松本白鸚を襲名するに伴い、七代目市川染五郎から現在の十代目松本幸四郎を襲名しています。
孫(長男の息子)は八代目市川染五郎
ちなみに、幸四郎さんは、2003年11月に、高校時代からの友人・関園子さんと結婚すると、2005年3月に、長男の藤間齋(ふじま いつき)さん、2007年2月に、長女の藤間薫子(ふじま かおるこ)さんが誕生しているのですが、
齋さんは、2007年6月、歌舞伎座「侠客春雨傘」で初お目見すると、2009年には、歌舞伎座「門出祝寿連獅子」(かどんで いおうことぶきれんじし)の孫獅子で初舞台を踏み、四代目松本金太郎を襲名。
孫(十代目松本幸四郎さんの息子)の八代目市川染五郎さん。
2018年には、歌舞伎座「壽 初春大歌舞伎」において、八代目市川染五郎を襲名し、歌舞伎界の次世代のスターとして注目されています。
次女は女優・歌手の松たか子
1977年6月10日に誕生した次女の松たか子(まつ たかこ)さんは、1993年、16歳の時、歌舞伎座で、歌舞伎「人情噺文七元結」で初舞台を踏むと、
翌1994年、17歳の時には、NHK大河ドラマ「花の乱」でテレビドラマデビュー、1995年には、NHKドラマ「藏」で主演を務め、以降、テレビドラマ、映画、舞台に数多く出演し、女優としてのキャリアを重ねています。
(※女性も16才までは子役として歌舞伎に出られるそうです)
次女の松たか子さん。
特に、フジテレビ系列の月9ドラマで、木村拓哉さんと共演した、「ロングバケーション」(1996年)、「ラブジェネレーション」(1997年)、「HERO」(2001年)は、視聴率30%前後となる大ヒットを記録し、松さんも一躍人気を博しました。
また、1997年には、「明日、春が来たら」で歌手としてもデビューすると、以降、2009年まで、ほぼ毎年、コンスタントにシングルをリリースするほか、
2014年、声優として主演(エルサ役)を務めたディズニー映画「アナと雪の女王」では、日本語吹き替え版劇中歌「レット・イット・ゴー」の歌唱も担当し、フル配信100万ダウンロードを達成する大ヒットを記録しています。
そんな松さんは、プライベートでは、2007年に、ギタリストで音楽プロデューサーの佐橋佳幸さんと結婚し、2015年には、女の子を一人出産しています。
病気(脳梗塞)の噂
ところで、白鸚さんは、2022年、歌舞伎座の公演「十一月吉例顔見世大歌舞伎」の夜の部の口上に、初日の11月7日から11月半ばまで出演していたのですが、体調不良のため、11月19日から休演しています。
そして、12月5日から夜の部の「口上」に出演予定だった歌舞伎座の公演「十二月大歌舞伎」についても、体調不良のため、休演しているのですが(12月26日に復帰)、具体的な病名などは公式には発表されておらず、体調不良の原因は不明です。
また、2023年1月27日も、出演予定だった歌舞伎座の公演「壽 初春大歌舞伎」の第二部「壽恵方曽我」を休演しているのですが、この時は、新型コロナウイルスの濃厚接触者との接触があり、松竹のガイドラインに従っての休演ということで、ご自身の体調には問題ないとのことでした。
ちなみに、白鸚さんは、2018年頃から、
- 顔色がすぐれない
- むくんでいる
- 喋り方が妙にゆっくりになった
- 呂律がまわっていない
と、言われ、脳梗塞の疑いが持たれるようになっているのですが、本人からはそのような発表はありません。
さて、いかがでしたでしょうか。
二代目松本白鸚さんの、
- 年齢は?出身は?身長は?
- 本名の由来は?
- 襲名は?
- 父親は初代松本白鸚
- 母親は初代中村吉右衛門の娘・波野正子
- 家系図
- 弟は二代目中村吉右衛門
- 弟の二代目中村吉右衛門は祖父の養子となり、母が姉、兄は甥という奇妙な関係になっていた
- 弟・二代目中村吉右衛門は若い頃、兄の二代目松本白鸚に対し羨望と嫉妬で渦巻いていた
- 十代目松本幸四郎は二代目中村吉右衛門を慕っていた
- 弟・二代目中村吉右衛門が他界した際のコメント
- 弟・二代目中村吉右衛門の一周忌追善興行「秀山祭九月大歌舞伎」では、吉右衛門の当たり役・松浦鎮信を演じていた
- 幼少期は両親から可愛がられて育っていた
- 誕生時は大きな赤ちゃんだった
- 戦争中に一家で日光に疎開すると、終戦後は東京の家が焼け落ちていた
- 3歳の時「助六」の外郎売のせがれ役で初舞台を踏み二代目松本金太郎を襲名するも泣きわめいていた
- 戦後は食糧難だった
- 子役として「靭猿」「夏祭浪花鑑」「幡随院長兵衛」「盛綱陣屋」などに出演
- 子役として順調にキャリアを積んでいた
- 7歳の時に六代目市川染五郎を襲名
- 常磐松小学校⇒暁星学園に編入
- 小6の修学旅行では舞台のため途中で帰らなければならなかった
- 小中高一貫校でずっとイジメられていた
- 学校での辛いイジメを感じなくするため歌舞伎の稽古に自分を追い込んでいた
- 中学時代には連続ラジオドラマや映画にも出演
- 文学座の舞台「明智光秀」で森蘭丸役を演じ、歌舞伎と違う世界に驚いていた
- 文楽(人形浄瑠璃)の竹本綱太夫にも稽古をつけてもらっていた
- 映画「太陽の季節」で石原裕次郎演じる自由に生きる若者がうらやましくて仕方がなかった
- 歌舞伎を辞めることを告げると母親はショックを受け言い争いになるも、父親の八代目松本幸四郎は何も言わなかった
- 父親の八代目松本幸四郎が「車引」の松王丸を演じているのを見て胸が熱くなり、歌舞伎役者の道を歩もうと思い直していた
- 歌舞伎「双蝶々曲輪日記」での「放駒」の演技で初めて評価されていた
- 「忠臣蔵」の勘平役も好評を博していた
- 母親の意向で早稲田大学を受験するため予備校に通っていた
- 父・八代目松本幸四郎により東宝に移籍させられていた
- 受験会場にマスコミが殺到するも早稲田大学に合格
- 父・八代目松本幸四郎が高麗屋一門を率いて東宝に移籍
- 劇作家・演出家の菊田一夫によって東宝に招かれていた
- 東宝移籍後の初仕事は「石切梶原」「封印切・新口村」
- 「東宝劇団」として「寿二人三番叟」「野薔薇の城塞」などに出演
- 東宝と歌舞伎の観客の印象は異なっていた
- 芸術座の「悲しき玩具」出演中には、石川啄木の友人・金田一京助が楽屋を訪ねてくれた
- 舞台「さぶ」では原作者の山本周五郎が楽屋を訪ねてくれた
- 「王様と私」でミュージカルに初挑戦していた
- ミュージカル「心を繋ぐ六ペンス」では公演中にふくらはぎの筋を切るも千秋楽まで出演し続けていた
- 母親代わりだったばあやが他界し心にぽっかり穴が空いていた
- 「ラマンチャの男」でミゲル・セルバンテスとアロンソ・キハーナの二役を演じていた
- 「ラ・マンチャの男」のあらすじ
- 「国際ドン・キホーテフェスティバル」への出演オファーを受けていた
- 俳優ドン・ボムスの激励で「国際ドン・キホーテフェスティバル」の招待を受ける決心がついた
- ニューヨークでは舞台稽古と英語の特訓の毎日だった
- 公演中は心身ともに疲れ果てホテルに帰ると倒れるように眠る毎日だった
- 疲労のため最悪のコンディションで舞台に立った日はセルバンテスの痛みと自己暗示をかけ乗り切っていた
- 最前列の青い目の婦人が涙を拭う姿を見て、この瞬間を味わうためにブロードウェイに来たと感じていた
- ニューヨーク在住の洋画家・猪熊弦一郎夫妻から褒められ嬉しく思っていた
- ブロードウェイで日本人初の主演を務めたことで日本でも反響を呼んでいた
- ブロードウェイから帰国後は、歌舞伎、ミュージカル、現代劇、シェークスピア劇と多岐にわたって出演していた
- NHK大河ドラマ「黄金の日日」が最高視聴率34.4%の大ヒット
- 「黄金の日日」では大河ドラマ初の海外ロケ(フィリピンのルソン島)を行っていた
- 2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」で再び呂宋助左衛門役を演じていた
- 三谷幸喜は「黄金の日日」を見て劇作家を志していた
- 出演作品(歌舞伎)
- 出演作品(映画)
- 出演作品(テレビドラマ)
- 出演作品(ミュージカル)
- 出演作品(現代劇・翻訳劇)
- 受賞・受章歴
- 妻は藤間紀子
- 香川京子の紹介で妻・紀子と知り合っていた
- 結婚式と披露宴の夜も舞台に出演していた
- 結婚した理由
- 妻・紀子に感謝の言葉を述べていた
- 松本白鸚の精神状態がそのまま家の雰囲気に反映されている
- 妻・紀子が松本白鸚のために気をつけていることとは?
- 食べるのがとても早く一緒にゆっくり食べることがない
- 妻・紀子のストレス解消法は家の片付けや部屋の模様替え
- 現在は食事の後片付け・ゴミ出し・スーパーへの買い物にも行くように
- 長女は女優の松本紀保
- 長男は十代目松本幸四郎
- 孫(長男の息子)は八代目市川染五郎
- 次女は女優・歌手の松たか子
- 病気(脳梗塞)の噂
について、まとめてみました。
次女・松たか子さんの娘がタブレットを上手に使いこなすのを見て、パソコンに興味を持ち始めたという白鵬さんですが、3人の孫にも恵まれ、穏やかな老後を楽しんでいるようです。