日色ともゑの若い頃は?夫は?子供は?現在は?旅路ほかドラマ映画は?

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1961年に劇団「民藝」に入団されて以来、舞台を中心に、数々の作品に出演されてきた、日色ともゑ(ひいろ ともえ)さん。そんな日色さんについてご紹介します。

年齢は?出身は?身長は?本名は?

日色さんは、1941年6月4日生まれ、
東京都のご出身、

身長153センチ、

学歴は、
東横学園高等学校卒業、
(現・東京都市大学等々力高等学校)

ちなみに、「日色ともゑ」は本名で、
結婚後は「中園ともゑ」となっています。

静かなデモに感銘を受け、劇団「民藝」に入団

日色さんは、世の中が「60年日米安保闘争」まっさかりだった、
1960年、ちょうど、銀座を歩いていたところ、

新劇のデモ隊が、大声を張り上げる訳でもなく、ただ静かに、
滝沢修さん、芦田伸介さん、宇野重吉さんなど、知っている俳優の顔と、
メッセージが描かれた横断幕を掲げて、歩いて行く姿を見て、

この人たちは映画に出るだけではなく、
世の中のことをこういう風にしっかり考えているんだ。

と、これこそが本当のデモ隊だと感銘を受けられると、

(デモ隊といえば大声を張り上げるのが定番だったことから)
 
その後も、その光景が目に焼きついて離れなかったため、
たまらず、そのことをお父さんに話すと、

当時、新聞記者で、軽演劇などの仕事もしていたお父さんから、
新劇の歴史などを詳しく聞き、ますます興味を持ったそうで、

翌年の1961年には、

あの人たちと同じ空気を吸いたい

との一心で、あのデモ隊と同じ、劇団「民藝」を受験。

すると、日色さんは、演劇のことは全く分からなかったうえ、

民藝の作品を言ってみて

との質問にも答えられず、
試験官(奈良岡朋子さん)を呆れさせてしまったそうですが、

それでも、溢れんばかりの熱意だけは通じたようで、
三次まである試験には見事合格されたのでした。

(ちなみに、三次試験の試験官は、当時、校長先生だった宇野重吉さん、
 演出家の菅原卓さん、滝沢修さんの3名だったそうですが、
 宇野さんは、映像で見るより、ずっとかっこよかったそうです♪)

NHK朝の連続テレビ小説「旅路」でヒロインに抜擢

そして、1961年、劇団「民藝」入団後は、
宇野さんに師事し演技を学ばれると、

舞台を中心に活動されつつ、

映画では、

1962年「非情の青春」
1962年「証人の椅子」

テレビドラマでは、

1962年「若ものたち」
1963年「東京の女性」
1965年「判決」第134話
1966年「人生の並木路」

と、映像作品にも端役で出演され、

1967年には、NHK朝の連続テレビ小説「旅路」の作者、大橋喜一さんに、
「煙突のあるオアシス」でウエイトレス役を演じているところを見初められて、
同ドラマのヒロインに抜擢されると、一躍、お茶の間の人気者となられたのでした。


「旅路」より。日色さんと横内正さん。

出演作品(映画、テレビドラマ)

それでは、ここで、
日色さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

映画では、

1968年「ドレイ工場」
1971年「喜劇 大泥棒」
1972年「虹をわたって」
1973年「喜劇 日本列島震度0」


「ドレイ工場」より。前田吟さんと日色さん。

1974年「急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS」
1976年「瀬戸はよいとこ 花嫁観光船」
1979年「ガラスのうさぎ」
1980年「動乱」

1981年「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」
1984年「パパママバイバイ」(※声の出演)
1985年「クララ白書 少女隊PHOON」
1986年「植村直己物語」
2000年「郡上一揆」


「郡上一揆」より。岩崎ひろみさんと日色さん。

テレビドラマでは、

1968年「助左衛門四代記」
1969年「結婚戦争 ここ一番!」
1970年「新藤兼人劇場『愛妻物語』」
1971年「ライオン奥様劇場『影の車』」
1972年「笹沢左保股旅シリーズ『狂女が唄う信州路』」
1973年「花王愛の劇場『婚期』」

1974年「われら青春!」
1975年「太陽にほえろ!」第140話
1976年「俺たちの朝」
1977年「横溝正史シリーズ『悪魔の手毬唄』」
1978年「おていちゃん」
1979年「ライオン奥様劇場『微笑日記』」


悪魔の手毬唄より。


「おていちゃん」より。
(左から)長門裕之さん、友里千賀子さん、日色さん。


「微笑日記」より。横山道代さんと日色さん。

1980年 銀河テレビ小説「ガラスのうさぎ」
1981年「加山雄三のブラック・ジャック」
1982年「鬼平犯科帳 第3シリーズ」第3話
1983年「あなたはわが子を守れるか」
1985年「春の波涛」
1988年「愛する」

1989年「裸の大将放浪記(36) / 清のさよなら鞆ノ浦・福山編」
1992年「殺意の滝・愛が憎しみにかわる時」
1998年「はぐれ刑事純情派 第11シリーズ」第24話
2012年「浅見光彦シリーズ44 砂冥宮」
2013年「基町アパート~ドキュメンタリードラマ」

ほか、数多くの作品に出演されています。

「大草原の小さな家」の母親役の声優も

ところで、日色さんは、女優業のほか、
アメリカのテレビドラマ「大草原の小さな家」で、
主人公ローラ・インガルスの母親、キャロライン・インガルスの、
吹き替えを担当されています。


「大草原の小さな家」より。

実は、この吹き替えの依頼が来た当初は、
声優の経験がほとんどなかったことから自信が持てず、
1クール(22話)のみの出演のつもりだったそうですが、

番組が好評だったことから、結局、
1974~1982年(シーズン1~8)まで出演。
お茶の間でお馴染みの声として親しまれています。

ちなみに、日色さんが起用されたのは、キャロライン役のカレン・グラッセルさんと、
あごの感じが似ているとの理由で、当初は、ピンとこなかったそうですが、

(ああごのあたりが似ていると、声質も似るそうです)

ご夫婦でアメリカを旅行されている時、
ホテルのテレビで「大草原の小さな家」を見たご主人から、

声がよく似ているね

と言われ、初めて納得されたとのことでした♪

夫は?子どもは?

そんな日色さんの、気になるご主人ですが、
建築家の中園正樹(なかその まさき)さんで、

「株式会社松田平田設計」の代表取締役社長を務め、
「横浜国際総合競技場」「東京国際空港(羽田空港)」の、
第2旅客ターミナルビルを設計された、すごい方のようです。


中園正樹さん

ちなみに、お子さんの情報が全くないことから、
いらっしゃらないのかもしれませんが、

1969年に結婚されて以来、
夫婦仲はとても良いとのことなので、それが一番ですね。

現在は?

さて、いかがでしたでしょうか。

近年は、あまりお姿を見かけなくなった日色さんですが、
すでに80代も間近なこともあってか、お好きな舞台を中心に活動されているほか、

20年以上も続けておられる、原爆の朗読劇「この子たちの夏」
(現・「夏の雲は忘れない」)など、平和への活動も積極的に行われているそうで、

日色さんは、小学生の時に、戦争で祖母と叔父、叔母を亡くし、
新藤兼人監督映画「原爆の子」を観て、役者を目指すようになったそうなので、
より平和への意識が強いのでしょうね。

これからも、お元気で、
平和の大切さを訴えていってほしいですね。

応援しています!!

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