小日向文世!HEROでブレイク!結婚は?子どもは?

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47歳でブレイクされた、実力派俳優の小日向文世(こひなた ふみよ)さん。様々な役を演じられ、見る人の心に深い印象を残す、名バイプレーヤーです。





高校では美術部で油絵を描く、
物静かな少年だった小日向さん。

高校を卒業後は、地元北海道から上京され、
デザインの専門学校に通っておられたそうです。

しかし、そんな小日向さんを、
悲劇が襲います。

スキーで複雑骨折をするという大怪我を負ってしまい、
骨盤や大腿部の筋を移植するという手術を、
1年の間に8回もしなくてはならないほどだったそうで、

今でも、その後遺症は残っており、
肘は完全には曲がらないそうです。

小日向さんはその時の気持ちを、

そのつらい生活のなか、自分に言い聞かせたんです。

「小日向君、かわいそうに。
これからは好きなことだけをやりなさい」って。

これだけ痛い思いしたんだから、
今後の人生は好きなことをして生きていこうと、
そう心に決めたんです。

とインタビューで語っておられました。

辛い経験をされた小日向さん。
そう考えるのも分かりますね!

俳優へ


小日向さんは、その後、
写真の専門学校に通い始められましたが、

卒業も間近になって、
作品ではなく、自分をアピールしたい、
と気が付かれたのだとか。

そこで、自分の好きなことを、
つきつめて考えられ、
俳優という答えにたどり着かれたのでした。

そして、小日向さんは、俳優を目指し、
文学座に挑戦されますが、落ちてしまい、
俳優の中村雅俊さんの付き人をされることに。

それから、2年後、
小日向さんが23歳の時のときに、運命の出会いが!

それは、串田和美さん率いる、
「オンシアター自由劇場」との出会いでした。

文学座よりはるかに入所金の安い劇団があったんですよ。
オーって思って見たら、吉田日出子さんがいる。ここだ! って(笑)

と、すぐに入団を決意され、
その後は芝居漬けの毎日だったとか。

演じることが刺激的で、
毎日が楽しかったそうです。



しかし、生活はかなり厳しく、
生活費を稼ぐために、
喫茶店やバーでアルバイトをされていたそうです。

生活費を稼ぐための仕事は、本当に嫌だったとか。
でも、大好きなお芝居が毎日できて、
本当に楽しかったそうです♪

貧しかったですねえ(笑)。
僕らにバブルってなかったですよ。
バブルが始まっても終わっても何にも関係ない。

でも周りがみんなが貧しかったから、
貧しいっていう感覚もなかったんです。

たまに打ち上げで、お酒が飲めてごちそうが並ぶんですが、
そこで「もうやめる」って言ってたヤツが飲み食いすると、
「また明日から頑張る!」って(笑)。
それぐらい単純に、芝居にガーッと傾いていましたね。

と、小日向さんは、
当時の生活を振り返っておられました。

まさに天職ですね♪

そして、小日向さんが35歳の時、
ようやく役者だけで生活ができるようになったのだそうです。

貯金ゼロから借金生活へ


良かった良かった・・・・と思いきや、
19年在籍した劇団が解散。

小日向さんが42歳の時でした。

そこで、活動の場を、
映画やドラマにシフトされましたが、
舞台ではベテランの小日向さんも、映像の世界では1年生。

誰も認めてくれなかったそうです。

劇団にいた頃は、貯金ゼロでも、
生活はできていた小日向さんでしたが、

その時は、事務所から、
生活費を前借りしておられたので、
借金生活になってしまったのだとか。

経済状況は以前より悪化されたのでした。


HEROでブレイク!


そんな生活が、
5年も続いたある日、

木村拓哉さん主演の連続ドラマ、
「HERO」のメインキャストの1人に、
突然抜擢されたのでした!



抜擢の理由は、三谷幸喜さんの舞台「オケピ!」で、
とぼけたピアニストを演じた小日向さんが、
番組プロデューサーの目に留まったためでした。

このドラマは、
視聴率が30%を越す大ヒットを記録。

それ以降、小日向さんのもとには、
仕事のオファーが殺到したのだそうです!

その時のことを振り返り、

当時は渋谷にスタジオがあって、
撮影の帰りセンター街を歩いていると、
ガングロの女子高生がぼくを見て、
「あぁー!」って何度も指をさすんです。

名前は出てこないんですけど(笑い)。
これが世間に認知されたってことなんだって初めて実感しました。

と、自身の有名人ぶりを実感された小日向さん。

その後の小日向さんの活躍ぶりは、
言うまでもありませんね♪

結婚は?


そんな波乱に満ちた役者人生を、
歩んでこられた小日向さんですが、

結婚はされているのでしょうか?

調べてみたところ、
39歳で結婚されていました。

その頃と言えば、
ちょうど、小日向さんが、
役者だけで生活できるようになった頃ですね。



奥さんについては明かされていませんので、
一般の方か、元劇団員の方なのかもしれません。

劇団解散後、仕事があまりなかった、
苦しい時代を支えてこられた奥さんということで、

小日向さんは、いろいろなインタビューで、
奥さんへの想いを語っておられます。

仕事がなく、狭い部屋で、
ゴロゴロしていた小日向さん。

掃除機をかけ始めた奥さんの足が、
しきりに体にぶつかり、

嫌なら口でハッキリ言えばいいじゃないか。

と、喰ってかかった小日向さんに、
奥さんは、

かわいそうに。被害妄想に陥っている。

と言って、小日向さんを、
ギュッと抱きしめられたのだそうです。

借金生活に陥っても、一度も「稼いできて」
と言わなかった奥さんに、
成功してから、当時のことを尋ねると、

いつか何とかなると思ってた。私たちは同志だよ。

と言ってくれたそうです!

仕事さえもらえれば自信はあったし、
女房もそう思ってくれたんでしょうね。

全面的に信頼を寄せてくれている、
奥さんの存在があることで、
小日向さんは、素晴らしい仕事ができているのかもしれませんね!

子どもは?


そんな小日向さんには、
2人の息子さんがおられます。

1人目の息子さんは、
小日向さんが41歳の時に生まれていますが、

2人目の息子さんは、
いつ生まれたのか、分かりませんでした。

仕事があまりなかった日々は、
息子さんと公園にでかけたり、
豊かな時間を共有できたと振り返っておられました。

現在大学生と高校生になられた息子さんですが、
出かける前と、寝る前は、必ずハグされているのだそう!

デパートで大きな声出したら子供たち嫌がったな。
子供が嫌がるのが面白くて。
笑われるオヤジでいようと思って。

でも必ず寝る前はハグする。
いつどうなるかわからないから。

子供も大学生だから気持ち悪いかなと思うけど、
本当はもっと力いっぱい抱きしめたい。

女の子だったら嫌がられるだろうから、
女の子じゃなくてよかったな。

と、小日向さんは、
息子さんへの愛を語っておられました。

奥さんとも、結婚して以来、
「いってらっしゃいのキス」は毎朝欠かさないのだそう!

小日向さんにとって、
ご家族は、それほど大切なものということですね。
また、それを噛み締め、体現されているようです。

いつも穏やかな表情で、
ニコニコしている印象のある小日向さん。

いつも笑顔でいいですねと言われるんですが、
実はいつもいい状態でいられるよう、
どんな時も心を開放できる環境を作っておくこと、
無邪気でいられる環境を作っておくことを心がけています。

そのためにどうしたらいいか、いつも考えます。
難しいんですけどね。
でも、自分のメンタル面って、
いろんなことに影響を及ぼしますから、重要なんですよ。

と、その笑顔は、自身をしっかり、
コントロールされている結果のようです。

小日向さんが現在引っ張りだこなのは、
実力はもちろんのこと、
こういう心構えの賜物ですね。

ぼく、強欲なのか、まだ役者人生に満足してないんです。
だから90才を過ぎても台本を持ち歩く生活をしていたい。

台本ってぼくにとっては浮き輪みたいなもの。
今まで常に側にあったし、ないと途端に不安になる。
台本を持っていれば、
役者として生き延びている証にもなりますからね。

と、小日向さんは、
役者への意欲を語っておられました。

これからも、まだまだ、
エネルギッシュな小日向さんを、
見ることができそうですね♪

応援しています!!



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