オカモトショウは英語がペラペラ!ドラマーだった?父はスコットハミルトン!

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中学3年生の時、「OKAMOTO’S」を結成されて以来、ヴォーカルとしてバンドを牽引されてきた、オカモトショウさん。英語と日本語を駆使した、スピード感あふれる力強い歌声が持ち味です。




プロフィール!


オカモトさんは、1990年10月19日生まれ、
アメリカ・ニューヨークのご出身です。

身長172センチ、

本名は、飯村翔、

血液型はAB型、

だそうです♪


中学での出会い


オカモトショウさんは、中学校に入学すると、
オカモトコウキさん、オカモトレイジさん、
オカモトマサルさん、ハマ・オカモトさんと、
友達になられたそうで、

最初、コウキさんと二人で、
「ジャムセッション研究同好会」に入部し、
ドラムを演奏されていたのですが、

ほどなくして、他の3人も入部し、
皆が音楽に夢中に。

「ローリングストーンズ」「ビートルズ」
「レッド・ツェッペリン」「クリーム」
のような、
1960年代~1970年代のロックを、
演奏されていたのだそうです。


「OKAMOTO’S」結成


その後、ショウさんは、
中学3年生の文化祭のため、

オカモトコウキさん、オカモトレイジさん、
オカモトマサルさんとともに、
「OKAMOTO’S」を結成。


2016年現在の「OKAMOTO’S」。(左から)ハマオカモトさん、
オカモトレイジさん、オカモトショウさん、オカモトコウキさん、


この時、英語がしゃべれるという理由で、
ドラムからヴォーカルへ転身されています。

そして、中学卒業後は、
「OKAMOTO’S」のメンバーとともに、
エスカレーター式で同じ高校に入学。

みんなで、「ロック研究部」に入部し、
引き続き音楽活動を続けられたのでした。

ちなみに、高校では、審査に通ると、
体育館でライブができたそうで、

見事、審査に通った「OKAMOTO’S」は、
体育館でライブを開催。

すると、それを見た先輩にとても気に入られ、
ライブハウスを紹介されたそうで、

高校2年生の時、
初めてライブハウスに出演。

以降、コンスタントに、
ライブハウスで活動するようになったのでした。

(ちなみに、2008年、高校3年生の夏には、
 初めてのレコーディングもされています。)


「ズットズレテルズ」


しかし、高校3年生になると、
大学受験を控えたメンバーもいたことから、

9月、10月、11月の3ヶ月の間、
ライブ活動を休止。

暇になったショウさんは、レイジさんや、
音楽仲間だった、ハマ・オカモトさん、ラキタさんとともに、

「ズットズレテルズ」というバンド名で、
一度きりのライブをされたそうです。

そして、その少し後には、呂布さん、
ドカット・カット(故・草刈雄士)さんが加入し、
再度「ズットズレテルズ」を結成。


「ズットズレテルズ」。(後列左から)ドカットカット(草刈雄士)さん、
スコポン(オカモトレイジ)さん、ラキタさん、ヒゲメガネ(ハマ・オカモト)さん、
(前列左から)ひでちゃん、皿・粉(オカモトショウ)さん、呂布さん。


さらに、ラキタさんの、

「優勝したら100万円貰える大会があるんだけど出ようよ」

の一声で、1回限りで解散するつもりで、
ティンネイジャー向けのロックフェス、
「閃光ライオット」にエントリーすると、

第1次審査、第2次審査、第3次審査を通過し、
2009年8月には、見事、
ファイナリストとなられたのでした。

ただ、残念ながら、優勝は逃し、
当初の予定どおり、ステージ上で、
解散を発表されています。

(しかし、その3年後の2012年に、
 またまた、再結成されています♪)

「Here are OKAMOTO’S」「10’S」


ところで、
「ズットズレテルズ」解散後は、

並行して活動されていた「OKAMOTO’S」で、
ファースト・アルバム「Here are OKAMOTO’S」を、
インディーズからリリースし、ワンマンライブも開催。


「Here are OKAMOTO’S」

しかし、同時に、
オカモトマサルさんが脱退したことから、

ショウさんたちは、すぐさま、
「ズットズレテルズ」を一緒にやってきた、
ハマ・オカモトさんを誘うと、

2010年、初の海外ツアーを経て、
2枚目のアルバム「10’S」で、
メジャーデビュー。


「Here are OKAMOTO’S」

以降、コアな音楽ファンをも唸らせる、
実力派バンドとして、活動されています。


父はスコット・ハミルトン


そんなショウさんを、「父」で、
多くの方が検索されているようです。

というのも、ショウさんのお父さんは、
世界的に有名なテナー・サックス奏者、
スコット・ハミルトンさんで、

10代の後半からプロとして活動を始められ、
モダンジャズが全盛の時代にも、
オーソドックスなスタイルを守り続け、
一躍、テナーサックス界の寵児となられた、
すごい人なのですが、


スコット・ハミルトンさん。

「OKAMOTO’S」の9番目のシングル「BROTHER」が、
2015年に芥川賞を受賞された又吉直樹さん原作の、
映画「火花」の主題歌に起用されたとき、

ショウさんは、

「火花」は、漫才師の主人公が、
師匠の背中を追いかけていく姿を描いた、
青春時代の話になっていて、

原作を読んだとき、
「こういう相手って、誰にでもいるよな」と思った。
ちょうど、俺はどこかのタイミングで、
父親のことを歌いたいと思っていたんです。

と、この楽曲を制作するにあたり、
お父さんのことを考えておられたそうで、

音楽好きの友達という感覚もありながら、
プロとしてのキャリアは圧倒的に上で、

その複雑な関係性が、
「火花」のふたりにも通じると思ったんです。

自分にとってすごく近い距離にある対象を歌うほうが、
聴く人にとっても親密なものになると思うようになりました。

と語っておられました♪

さて、いかがでしたでしょうか?

ネット上では、歌唱力について、
何かと批判されているショウさんですが、

あの「ローリング・ストーンズ」のミック・ジャガーも、
歌唱力では、ずっと批判され続け、

その結果、他の誰にも真似できない、
唯一無二のヴォーカリストとなられています。

訓練で、歌唱力をアップすることも、
もちろん大事だとは思いますが、

その個性だけは失わないように、
進化してほしいですね。

応援しています!!



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